学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。同書より特別に一部を紹介します。取り上げるのは、「おもしれえもの」への執念で江戸の出版界を席巻した裏で、作家たちを命がけの騒動へ巻き込んだ鬼編集者・蔦屋重三郎です。
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「おもしれえ」を追求しすぎて作家に迷惑をかける
「おもしれえもの」至上主義の蔦屋重三郎は強引でした。
「寛政の改革」では、色っぽい本の出版が禁じられていたのに、戯作者・山東京伝が書いた色っぽい「洒落本」を出版。重三郎は罰金刑で済みましたが、山東京伝は50日間手錠をつけて生活する処罰を受けるはめに。
食事もトイレも自分ではままならず、京伝はメンタルがやられました。
でも、重三郎はそんな京伝にさらに新作を依頼します。しぶる京伝を説得して書いてもらったのが『箱入娘面屋人魚』という「浦島太郎の娘は人魚だった!」というコメディ。京伝は重三郎に原稿料をもらっていたので断れなかったようです。
その本の前書きには「まじめなる口上」という見出しがついており、なんと作者の京伝……ではなく正座をした重三郎が登場! 読者に「本を買って!」と呼びかけています。
さらに重三郎はこわい老中・松平定信をネタにした本『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』も出版。作者の恋川春町は本業が武士なので、定信に呼び出されてしまいます。
春町は病気を理由に断わり、その後すぐ死去しました。家を守るための自殺といわれています。
重三郎の大ヒット連発の裏には犠牲になった作家たちがいたのです。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









