仲がいいはずなのに、なぜかぶつかってしまう。愛しているはずなのに、傷つけてしまう――そうした経験の背景には、人間の本性そのものが関わっている。

人間は他人に会うとき、「トゲ」を立てる
ショーペンハウアーの比喩によれば、
社会を構成する人間は、理由がどうあれ、他人に会うときに「トゲ」を立てるという。
知らない相手に対しては礼儀を保ち、距離を保ちながら接することができる。
しかし、心を許す関係になると、自分の本性があらわになってくる。
この「本性」というのは、特別に悪い人間だけが持つものではない。
利己心、嫉妬、プライド――
こうした感情は程度の差こそあれ、誰の中にも存在している。
そして距離が縮まるほど、こうした感情が表に出やすくなり、
結果としてお互いの心を傷つけることが多くなるとされている。
愛情で結ばれた関係でも、本性からは逃れられない
心を許す関係になると、自分の本性をあらわにするのだ。
すなわち、人間の本性である利己心、嫉妬、プライドなどのせいで、お互いの心を傷つけることが多くなるわけだ。
家族や恋人同士など、愛情で結ばれている関係でも、それは同じだ。
この性質は、家族や恋人同士など、愛情で結ばれている関係においても同じだという。
むしろ、愛情が深いからこそ、相手への期待も大きくなりやすい。
相手を信頼しているからこそ、自分の本音をそのままぶつけてしまう。
その結果、最も近い存在であるはずの人が、最も傷つきやすい相手にもなっていく。
これは、愛情の深さや関係の質が低いことを意味するのではない。
人間の本性として、利己心や嫉妬、プライドといった感情が存在している以上、
どれほど深い関係であっても、こうした感情が顔を出す瞬間は避けられないということだ。
「本性」を知ることで、関係への向き合い方が変わる
大切な人を傷つけてしまったとき、自分の性格が悪いせいだと思ってしまう人は多い。
しかし、こうした人間の本性を理解しておくことで、
その出来事を単なる自己嫌悪で終わらせるのではなく、
少し広い視野から捉え直すことができるようになる。
利己心や嫉妬、プライドといった感情は、
なくすことが難しいものだからこそ、
それがどのような場面で顔を出しやすいかを知っておくことが大切だ。
傷つけ合いを完全になくすことは難しくても、
自分の本性に気づいていることが、相手への言葉を少しだけ丁寧にする余地をつくってくれる。
今日から試すなら、近しい人に強い感情が向きそうになったとき、それが利己心やプライドから来ていないかを一度だけ立ち止まって確認してみることだけでいい。
(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)









