北陸新幹線,夏休み,旅行写真はイメージです Photo:PIXTA

自由民主党、日本維新の会は7月15日の与党整備委員会会合で、北陸新幹線の敦賀~新大阪間の延伸ルートを「小浜・京都ルート桂川案」に決定した。しかし、地下水や建設発生土、交通渋滞、財政負担などへの懸念から、京都府・京都市の反発は根強い。仮に地元の理解が得られたとしても着工には高いハードルがあり、与党が目指す「2027年度着工」は不可能と言ってよい情勢だ。前々回記事では着工5条件のうち「(1)安定的な財源見通しの確保」「(2)収支採算性」「(4)営業主体であるJRの同意」、前回記事では「(3)投資効果」を取り上げた。今回は最後となる「(5)並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意」について考えたい。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

整備新幹線と並行在来線が
経営分離された経緯

 整備新幹線の開業区間に「並行」する形で運行する路線を「並行在来線」と呼ぶ。並行在来線は原則として、新幹線開業と同時にJRから経営分離される。国土交通省は「整備新幹線に加えて並行在来線を経営することは営業主体であるJRにとって過重な負担となる場合があるため、沿線全ての道府県及び市町村から同意を得た上で、整備新幹線の開業時に経営分離されることとなっています」と説明している。

 並行在来線を経営分離するという発想は、1985年の整備新幹線建設再開に向けた議論から既に存在していた。国鉄最後の路線となった東北・上越新幹線はオイルショックなどの影響で建設費が膨れ上がった一方、利用は想定を下回ったため大きな赤字に悩まされた。整備新幹線は旅客需要がさらに小さい地域を走るため、新幹線と在来線の収支を合算すると黒字化しない路線が出てくることが想定されたからだ。

 並行在来線を経営分離する原則が明記されたのは、1990年12月の政府・与党合意にて、「建設着工する区間の並行在来線は、開業時にJRの経営から分離することを認可前に確認」するとしたのが最初だ。

 続いて1996年12月の政府・与党合意で「具体的なJRからの経営分離区間については、当該区間に関する工事実施計画の認可前に、沿線地方公共団体及びJRの同意を得て確定する」として、「確認」から当事者の「同意」へと明確化した。

 第3セクターの取り扱いは2000年12月の政府・与党申し合わせで「並行在来線の経営分離について沿線地方自治体が同意するに際し、並行在来線を第三セクターで経営する場合には、沿線地方自治体はその経営見通しについて十分検討を行う必要がある」とした。これは最初の3セク会社である「しなの鉄道」が、軽井沢・上田・長野近郊という比較的恵まれた事業環境にありながら、開業5年で債務超過に陥ったことを踏まえたものだ。