世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「ジョン・ロックの“タブラ・ラーサ”」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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日本の常識が通じないインドネシア
以前、インドネシアで暮らし始めた頃、戸惑ったのは、トイレットペーパーを流さずに、個室に置かれたゴミ箱に捨てることだった。
もちろん、ホテルやモールなど流せるトイレもある。だが、現地では排水管の事情などから、紙を流さないほうがいい場所も少なくない。
日本では、トイレットペーパーをそのまま流すのが当たり前だ。
当時、もし何も知らずに日本と同じ感覚でいたら、トイレを詰まらせて大変なことになっていたかもしれない。
ジョン・ロックの「タブラ・ラーサ」の考え方とは?
人は、知らなかったことをどのように知っていくのか?
そんな人間の知識の成り立ちについて考えたのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されているイギリスの哲学者ジョン・ロック(1632~1704)である。
つまり教育を受けたり経験を積んだりすることで、人間は賢くなるんだよ、という説です。
――『哲学と宗教全史』より
この考え方は「タブラ・ラーサ」と呼ばれている。
見る。聞く。触れる。そうした一つひとつの経験を通して、人はそれまで知らなかったことを知っていく。
知識とは、最初から自分の中にそろっているものではなく、外の世界と関わる中で少しずつ増えていくものなのである。
「知らない」ことへの向き合い方が変わる!
周囲が当たり前のように知っていることを自分だけ知らないと、恥ずかしくなったり、遅れているように感じたりすることがある。
けれど、世の中にあるすべてのことを知るのは不可能だ。今知らないことがあるのは、まだそれに触れる機会がなかっただけかもしれない。
そう考えると、「知らない」という状態そのものを、必要以上に恐れることはない。
ロックの「タブラ・ラーサ」という考え方は、人はこれからいくらでも学んでいける存在なのだと教えてくれる。なんか、元気出てきた!





