世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から見る「ソクラテスの不知の自覚」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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便利になった時代ほど思考が止まる理由
今は情報が簡単に手に入る時代だ。
スマホを開けば、景気の先行き、年金への不安、世界各地の紛争――さまざまな情報が次々と流れてくる。便利になった一方で、人は常に不安にさらされ続けている。
不安が強いと、人は早く答えがほしくなる。
ニュースの見出しを読み、解説動画を見れば、理解したような気持ちにもなれる。
けれど、本当に私たちは問題を理解できているのだろうか。
ソクラテスの「不知の自覚」とは?
この「知った気になる危うさ」を、2500年以上前に鋭く指摘した人がいる。
古代ギリシャの哲学者ソクラテス(BC470~BC399)だ。
『哲学と宗教全史』(出口治明著)には、ソクラテスの考え方について次のような一節がある。
そのことがいかに愚かなことであるかは、繰り返される争乱や支配者の過ちを見れば、明らかです。
――『哲学と宗教全史』より
ソクラテスの思想としてよく知られているのが、「不知の自覚」である。
自分が見ているものは世界の一部にすぎないと気づくことから思考は始まる、という考え方だ。
だからソクラテスは、人々との対話を通して、世の中をわかったつもりになる前に、自分の考えを見つめ直すよう促した。
そうやって思い込みを揺さぶり、自分が知らないことに気づかせようとしたのだ。
考える力で変わる!
ソクラテスが生きたのは、ペロポネソス戦争(BC431~BC404)によって社会が混乱していた時代だった。
先の見えない不安のなかで、多くの若者たちが生きていた。
形は違っても、現代の私たちも不安を前にすると、わかりやすい答えや強い言葉に引き寄せられやすい。
そんな時代だからこそ、考えるきっかけを与えようとしたソクラテスの姿勢は現代にも通じる。
本書は、哲学と宗教の歴史を学びながら、古代の思想家たちが何に悩み、何を考えてきたのかを知ることができる。情報洪水の今だからこそ、自分の頭で考える大切さを思い出させてくれた。





