世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から見る「韓非の教え」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
Photo: Adobe Stock
誰も捨てたがらないシュレッダーのゴミ問題
職場に置かれたシュレッダーがいっぱいになっても、なかなか誰も中のゴミを捨てようとしない。
いっぱいになったゴミ袋を取り出す作業は、紙くずがこぼれやすいうえ、ぎゅうぎゅうに詰まっていると引き抜くのも大変だ。
そのため、「まだ入るだろう」とさらに押し込まれてしまうことがよくあった。
誰かがやらなければならないが、誰がやるかは決まっていない。
すると最後は、気づいた人が片づけることになる。
「みんながちゃんとやればいい」と思うのは簡単だ。
だが、人の善意だけに任せて、本当にうまく回るのだろうか?
韓非に学ぶ「人の善意に期待しない」とは?
誰もが自発的に正しい行動をするとは限らない。
そんな人間の現実を直視したのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている中国の思想家・韓非(BC280~BC233)である。
「道をわきまえた君主というものは、仁義を遠ざけ、知能に頼らず、法に従うものだ」と説いています。
――『哲学と宗教全史』より
韓非は、法によって国を治める考え方を大成した人物である。
人はいつでも、正しい行動をするとは限らない。だからといって、人間を信じるなという話ではない。誰かの良心や能力に頼らなくても、うまく回るようにしておくことが大切なのだ。
シュレッダーのゴミ捨ても、誰かがやってくれることに期待するより、担当やルールを決めたほうが、いつも同じ人ばかりが片づける状態にはなりにくい。
韓非の思想で変わる!
職場の小さな不満は、ほんの些細なことから積み重なる。
人が集まれば、考え方も行動もそれぞれ違う。
自分ばかりが動いているように感じれば、「なぜ私だけ」と思ってしまう。
誰かに「ちゃんとしてほしい」と思うだけでは、解決しない。
韓非の思想は、人に求める前に何を考えるべきかという視点を、今の私たちにも与えてくれる。





