日常の小さな選択から大きな挑戦まで、私たちはつい「失敗したくない」と現状維持を選んでしまいがちだ。未知の領域へ踏み出すことを拒み、慣れ親しんだ選択肢を選んでしまう心理の背景には、個人の意志の弱さだけでは片付けられない問題が存在する。人間がなぜ過剰なまでに安全志向になってしまうのかを『すべて本能のせい』から紐解く。(ダイヤモンド社書籍編集局)

カフェで飲み物を飲む女性の横顔Photo: Adobe Stock

日常に潜む「現状維持」の選択

私は、日常生活では、いつも同じ飲食店に行き、いつも同じ食事メニューを選んでばかりいます。
服装や髪型も長年ほとんど変えず、通勤するときも必ず同じ道を選んでしまいます。
起業や研究では新しいことに飛び込む一方で、人間は必ずしもあらゆる場面で新しいものを求めるわけではなく、慣れた選択肢を好む傾向があるのを実感します。
私たちは日々、「やったことがない新しいこと」と「すでに知っている慣れたこと」のあいだでどちらにするか決めています。

しかし、その多くは無意識のうちに「既知」を選びやすい方向に傾いているのです。
たとえば、やってみたい仕事や新しい挑戦に興味があっても、「失敗したらどうしよう」という不安から、つい現状維持を選んでしまうことはありませんか?
未知の分野に踏み出すよりも、すでに慣れた情報やスキルに時間を使い続ける。
転職や起業、学び直しといったさまざまな新しい選択肢を前にしても、やらない理由が先に立つというのは、実は多くの人に共通していることなのです。

企業などでも、新規事業や新技術の導入に慎重になりすぎ、結局はもともとやっていた事業の延長線上にとどまってしまうことが多々ありますし、いままでの例にならえば失敗を避けられるという文化が強化されることで、イノベーションが起きにくくなります。
このように、知らないものや未知を避ける癖は、個人のキャリアから社会全体の競争力に至るまで広く影響を及ぼしています。

行動にブレーキをかける脳の警戒システム

この背景にある生物学的な仕組みが「探索を抑制するシステム」、いわゆる未知回避バイアスです。
人間の脳は、慣れた環境と知らない環境を区別し、未知のものに対しては慎重に反応するようつくられています。
危険を察知する扁桃体が潜在的な危険に反応すると、前頭前野はその反応に基づいて行動にブレーキをかけます。
また、脳の報酬系は結果を予測できる状況では効率よく働きますが、不確実性が高い状況では警戒や慎重さも強まるため、不確実な報酬に対しては行動を起こしにくくなることがあります。

狩猟採集時代に最適化された生存戦略

人類が狩猟や採集をしていた時代を考えてみましょう。
足を踏み入れたことのない未知の環境には猛獣や毒を持つ生物、危険な地形などが潜んでいる可能性が高く、それに対して慎重であればあるほど生き残りやすかったことは想像に難くありません。
一方で、すでに知っている環境は安全性が確認されており、そこでの行動はある程度予測できていました。
このため、「探索」と「未知回避」のバランスにおいては、過度に探索するよりも、勝手を知っている空間にいたほうが有利だったのです。

現代における「未知のリスク」と脳のミスマッチ

しかし現代において、「未知」のリスクは大きく変化しています。
多くの新しい挑戦は、失敗しても生命に直結するリスクを伴うものではありません。
新しいお店で服を買ったり、話したことがない人と話してみたりしたときに失敗しても、生存に大きな影響を与えるわけではないのです。
それにもかかわらず、脳は依然として未知を潜在的な危険として扱うため、挑戦しようとする行動が抑制されやすくなります。