職場の人間関係に悩んでいるのに、なかなか辞められない。辞めたら、他の人が困るから――​そう考えてしまうとき、頭の中で発言しているのは誰なのか。それは本当に「自分」なのだろうか?
ADHDの当事者であるなちゅ。さんの新刊『生きづらい女の子が覚えておきたいこと』(ダイヤモンド社)と、その医療監修を担当した児童精神科医の本田秀夫氏による対談。今回は、発達障害を持つ人が「仕事」にどう向き合えばいいのかを語り合う。(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

対談

職場の人間関係に悩む必要、あります?

――前回のお話では、発達障害を持っている人でも、大人になると人間関係はラクになる、とのことでした。とはいえ、職場での人間関係に悩む人は、発達障害のあるなしにかかわらず大勢います。

本田秀夫(以下、本田) 仕事は多少辛くてもあとでお金がもらえるというメリットがある。やっていることと結果の関係が学校より見えやすいので、多少がまんできる部分もあるのではないでしょうか。でも仕事の内容や職場の人間関係がどうしても合わなかったら、「辞めたらいい」と僕は言っています。仕事と義務教育の学校が決定的に違うのは、やるかやらないかを自分で選べることですからね。

なちゅ。 私の中では、仕事は完全にお金を得るための手段です。お金が得られるなら、手段は何でもいい。だったら、別にその仕事じゃなくてもよくない?と思います。それが手段なのか、目的なのかを、私はすごく意識していて。手段ならいつでも変えられるし、さっさと変えたらいい。だから「仕事、辞めれば」と思いますね。

自分の中のモラルを「退場」させる

――​確かに、目的と手段で言えば、その会社にいることが目的ではないですよね。職場の人間関係に悩んでいる人が、皆その考えに思い至れるといいのですが。

なちゅ。 以前、思春期の発達障害の子に親ができることは何かと言う質問に対し、本田先生が「親はすっこんでろ」とおっしゃっていたのを見たことがあったんです。あれが私、めちゃくちゃ好きで。あの言葉は、自分自身に対しても使えると思うんですよ。

いわゆるモラルとか理性とか「~すべき」という考えって、成長の過程で埋め込まれたものですよね。それが、自分の中に存在として確立されてしまっているから、「自分が辞めたら、他の人が困る」「だから辞めるべきではない」みたいな考えが出てきてしまう。でも、そういう「べき論」が出てきたときは、自分の中のそのモラルに対して「すっこんでろ」と言ってやるんです。それから「で、どうしたいん?」と自分に聞く。そこで、上司と二度と関わりたくない、ということになったら、じゃあ二度と関わらなくていい方法を考えようか、というふうに考えていくわけです。

「そのままでええやん」という世界はある

――なちゅ。さんの振り切った考え方や、「自分」というものを持っているところは、周りの当事者ではない方々からどう受け入れられているのでしょうか。

なちゅ。 擬態をやめて、明らかに異分子として好きに走っていく私を見て、「そこがいいい」「友達になりたい」と寄ってきてくれる人がいるんですよ。そうなると、どんどん生きやすくなってきますよね。周りが「そのままでええやん」と言ってくれる人ばかりになっていくので。

ただ、これも業界次第だと思うんです。決まった形式でビシッとやることがよしとされる世界に突っ込んでいったら、多分死ぬ。自分でもそれが分かっているから、そういう世界には近づかない。

いま私は、今フリーランス。障害のある人を支援する団体や、スタートアップの支援など、前例のないことをホイホイ組み立てるのがよしとされる世界で働いています。だから、自分の得意な形がそのまま評価される。生きやすいところを探したら、結果的にここに着地した、というのが本当のところですが。

――そういう意味では、発達障害の方々がすごく活躍しやすい業界というのもあるわけですよね。

本田 仕事の本質ではないところの、礼儀やマナーみたいなものがうるさくないところでしょうね。形やプロセスはともかく、とにかく何か結果が出れば認められるような仕事。ただ、業界の中でも会社によって違うでしょうし、会社の中でも部署によっても違うと思います。

「発達障害だからプログラマー」は雑すぎる

なちゅ。 たとえば「発達障害の人はプログラミングが向いているから」と、やたらエンジニアやSEを勧められたりするんですけど、同じ業界でも会社によってカラーは全く違うわけですよ。だから、プログラマーになってはみたものの、プログラミング自体がどうこうではなくて、会社の雰囲気がしんどくて辞めてしまうことも当然ある。

私自身は、服装の細かい規定があるところは無理だなと思っていて。男性ならネクタイは絶対に締めろとか、女性ならストッキングとスカートの着用がマストで、靴の形まで決まっている、みたいなのはどうしても耐えられない。けど、発達障害の人間がみんなそれを無理だと感じているかというと、そうでもないんですよ。

――向いているか向いていないのかの確認を、細かいレベルでやっていくことが大事?

本田 ADHDの方は大雑把な人が多いので、そんなに細かくチェックしきれないこともある。それでも「その仕事が無理だった理由は何なのか」というところは、ちゃんと考えたほうがいいですよね。

なちゅ。 そこは、プロの力を借りるのも大きいです。私はカウンセリングで「この2週間にこういう出来事がありました」と振り返る時間を作っています。カウンセリングでなくても、パートナーでも友人でもいいんですけど、振り返りの機会を意図的に持つ。繰り返しは嫌いなくせに、同じパターンと同じミスは繰り返すんですよ。人間関係でも、何においても。だから、定期的に振り返りが必要なんです。

[著者]
なちゅ。
1980年生まれのワーキングマザー。発達障害(ADHD:注意欠如多動症)当事者。中学生と高校生の娘、そして夫も発達障害の特性を強く持つ。長女の発達障害診断をきっかけに、発達障害やそれに関連する分野の独学を開始。以来15年以上、自らの発達障害や子育てについてXを中心に情報発信を行う。仕事でも、障害福祉分野でマネジメント担当をしながら、個人事業主として講師業やスタートアップのサポートに従事。なかでも、自身の経験を活かした発達障害の親子のケアに力を入れている。

[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。