「そろそろ帰るよ」と何度言っても、公園から動かなかった4歳の娘。ところが母親が「お家でプリキュアのおもちゃで遊ばない?」と声をかけると、満面の笑みで帰り始めました。起きる行動は同じなのに、なぜ反応はここまで変わったのでしょうか。坪田信貴さんが実体験から気づいた、言葉と「声」の届き方を紹介します。本稿は、坪田信貴著『育てる。』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋して紹介する。

「帰るよ!」では動かなかった4歳娘が、笑顔で帰り始めた母親のひと言とは?Photo: Adobe Stock

「帰るよ」では動かなかった娘が、笑顔で帰り始めた

 長女が4歳のときのことです。彼女が当時通っていた幼稚園の近くに公園があり、幼稚園が終わったあとも、友達やその家族としばらく遊ぶのが日課になっていました。

 この年齢の子どもたちは、まるで永久機関でも搭載しているかのように、永遠に遊び続けます。滑り台を何十回も滑っては、次はブランコ、そのあとはジャングルジムに……。付き合う大人からすれば、同じような動きを何度も繰り返しているように見えます。

 最初のうちは微笑ましく、

「楽しそうだな」

「こんなこともできるようになったんだな」

 と、我が子の成長を感じながら一緒に楽しめるのですが、一時間も経過すると、

「もういいでしょう。さすがに早く帰らせて」

 と、心の中で懇願するようになります(笑)。そこで、

「そろそろお家に帰ろうか」

 と声をかけるのですが、当然のように、

「いやだ。もっと遊びたい」

 と拒否されます。それを何度も繰り返しているうちに、さすがに晩ご飯の時間になります。そうなると、こちらにも大義名分があります。

「さあ、そろそろお家に帰るよ」

 と、半ば強制的な口調で伝える。それでも反抗されると、こちらもだんだん強権的になっていきます。典型的な「子育てあるある」だと思います。

 ある日、僕と長女がいつものように「帰る・帰らない」で揉め始めた瞬間、妻がとても優しい声でこう言いました。

「お家でプリキュアのおもちゃで遊ばない?」

 すると長女は、満面の笑みで、

「うん!」

 と答え、サッとブランコを降りました。そして、プリキュアの歌を上機嫌に歌いながら、早足で家へ帰り始めたのです。

 僕は、その後ろを追いかけながら衝撃を受けました。

「家に帰る」のも、「お家でプリキュアのおもちゃで遊ぶ」のも、起きる行動は同じです。しかし、伝え方を少し変えただけで、子どもの感情と行動が一気に変わりました。

「これぞ、『伝え方が9割』だ」

 そう思って感激しました。

伝え方の残りの一割は、「愛」である

 そのとき僕は、『伝え方が9割』の著者である佐々木圭一さんが、テレビ番組『情熱大陸』で語っていた言葉を思い出しました。佐々木さんは、

「伝え方が9割だとしたら、残りの1割は何ですか」

 と聞かれ、こう答えました。

「月並みな言葉かもしれませんが、それは愛です」

 僕は、本当にその通りだと思います。

 伝え方には技術があります。相手が受け取りやすい言葉を選び、命令ではなく選択肢として示したり、相手の好きなものと結びつけたりする。技術を学ぶことで、伝わり方は確実に変わります。

 しかし、テクニカルな表現を覚え、それを駆使するだけでは、思いは伝わりません。

 妻と長女の場合には、三つの条件がそろっていました。

 ①長女が満足するまで、一緒に公園でたくさん遊んでいたこと
 ②家でも日々心を通わせ、信頼関係、つまりラポールが築かれていたこと
 ③上から目線ではない、優しい言葉と声のトーンで伝えたこと

 親子の場合、①と②は、日々の暮らしの中で積み重ねやすいものです。しかし、いざというときに難しいのは、③です。

「早く帰りたい」「夕食の準備をしたい」「明日の用意もある」「もう十分遊ばせてあげた」という自分の事情や、「いつも遊んであげているのに」「親の言うことを聞くのが普通でしょう」という上から目線が、どうしても声や表情ににじみ出るからです。

 同じ言葉でも、その奥にある気持ちは相手に伝わります。相手のためを思っているように見えて、実際には自分の都合で動かそうとしているのか。それとも、本当に相手の気持ちを理解したうえで、より良い提案をしているのか。

 子どもは、大人が思っている以上に、その違いを敏感に感じ取っています。

人を動かすのは、「優しい言葉」ではなく「優声」である

 だからこそ、何を言うかだけでなく、どのような声で言うかが重要になります。

 僕は、優しい声のことを、個人的に「優声」と呼んでいます。

 優しい言葉を使うだけでは足りません。言葉としては丁寧でも、声に苛立ちや威圧感が混じっていれば、相手にはそれが伝わります。

「お願いできるかな?」

 と言っていても、目が怒っていたり、声が硬かったりすれば、実際に伝わる意味は、

「いますぐやれ」

 です。反対に、多少ぶっきらぼうな言葉であっても、相手への愛情や敬意が声に込められていれば、温かく受け取られることがあります。よく親御さんが、子どもを叱るときに、

「お前のためを思って言っているんだ」

 という言葉を使います。本当に子どものためを思っているのであれば、その思いが伝わる声で話す必要があります。怒鳴りながら、

「お前のためだ」

 と言われても、子どもには、

「お父さんやお母さんが怒りたいから怒っている」

「自分が期待通りに動かないことが許せないんだ」

 としか伝わらないことがあります。

 愛情は、心の中に持っているだけでは、必ずしも相手に伝わりません。言葉、表情、視線、姿勢、声のトーンを通じて、初めて届きます。特に声は、ごまかしがききません。

「どうしてできないの?」

 という同じ言葉でも、「責める声」「呆れた声」「心配する声」「一緒に考えようとする声」では、相手の受け取り方がまったく違うのです。