「頭が悪い」「やる気がない」「営業のセンスがない」。うまくできない人を見ると、私たちはつい、その人自身の問題だと考えてしまいます。しかし、坪田信貴さんは「できない人」と決めつける前に、何が、どのくらいできていないのかを具体的に見ることが大切だといいます。曖昧な苦手意識を「次にやること」へ変えるには、どうすればいいのでしょうか。本稿は、坪田信貴著『育てる。』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋して紹介する。

「数学の才能がない」と言われた子。本当の原因を調べてわかった意外なことPhoto: Adobe Stock

「数学が苦手」ではなく、単に計算練習が足りないだけかもしれない

 心理学では、「学習性無力感」と呼ばれる現象があります。何をしても状況が変わらない。努力しても結果につながらない。どう行動しても嫌な結果から逃れられない。

 そういう経験が繰り返されると、人は、「何をやっても無駄だ」と学習し、やがて状況を変えるための行動そのものを取らなくなることがあります。

 僕は、教育の現場で、この状態になっている子を何人も見てきました。

「僕、数学が無理なんです」と言う。本人だけではありません。親御さんも、「この子は小さい頃から数字に弱いんです」とおっしゃる。学校の先生からも、「数学の才能がない」と言われてきたかもしれない。

「親も数学が苦手だった」「小さい頃から計算が遅かった」「全然勉強しなかった」「いろいろな塾へ行ったけれど成績が上がらなかった」。そういうエピソードが、一つ、また一つと積み上がって、「だから、自分は数学ができない」という一つの壮大なストーリーが完成します。本人にとっては、それがもう事実になっています。

 でも、本当にそうでしょうか。

 僕は、そういう生徒に対して、2学年以上前の内容まで戻ってテストをすることがあります。場合によっては、高校生に、かなり初歩的な計算問題を解いてもらうこともあります。もちろん、自尊心を傷つけないように、何年生向けの問題なのかは見えないようにします。

 すると、多くの場合、問題は、「数学が苦手」なのではありません。

「四則演算に時間がかかっている」「九九が瞬時に出てこない」「分数の計算になると止まる」「符号のミスが多い」という、ごく具体的な問題が見つかることがあります。

 そこで僕は、こう言います。

「君は数学が苦手なんじゃないんです」

「少なくとも、いまつまずいている一番の原因は、計算練習が足りていないことです」

 そして、こんなたとえ話をします。

「サッカーが苦手なんじゃなくて、靴を履かずにボールを蹴っているようなものなんですよ」

「裸足だから、強く蹴れない。長く走れば足も痛くなる。それで、“僕はサッカーが苦手なんです。もっと言うと、球技全般に才能がないんです”と言っている」

「いや、まず靴を履けよ! と思わない?」

 そう言うと、生徒も笑います。この「靴」が、その子の場合は計算力だったということです。

「数学ができない人間だ」と言われても、本人は何をしていいのかわかりません。人格そのものを否定されたように感じます。でも、「計算練習が足りていない」のであれば、やることが見えます。計算を練習すればいいのです。

 たとえば、その生徒に、1桁+1桁の計算を100問やってもらったとします。いまは7分かかる。しかも、何問か間違える。そこで、「数学を得意になりましょう」とは言いません。

「この100問を、まず2週間やってみよう」

「毎日、時間を測ろう」

「いまは7分だから、まずここを縮めていこう」

「同時に、正答率も上げていこう」

 とします。すると、「数学が苦手」という巨大で曖昧な問題が、「この100問に7分かかっている」という具体的な現象に変わります。

 7分が6分30秒になった。6分になった。5分を切った。昨日よりミスが一つ減った。本人にも、自分の変化が見えるようになります。

「自分は数学ができない」と思っていた子が、「あれ、やれば速くなるんだ」と気づく。ここが、とても重要です。努力と結果がつながった瞬間だからです。

目の前で起きている一つの現象を、その人の人格に変換してはいけない

 僕は、人を育てるうえで、「自分が行動すると、結果が少し変わる」という感覚を持ってもらうことが非常に重要だと思っています。逆に、「頑張っても何も変わらない」と思わせ続ければ、人は無力になります。

 だから、育てる側は、「あなたはダメだ」と評価するのではなく、「いまはここだ。では、次はここまでいってみよう」と示す。

 人格を評価するのではなく、現在地を具体化するのです。

 これは、仕事でも同じです。人を育てる側がやってはいけないのは、目の前で起きている一つの現象を、その人の人格に変換することです。

「この計算に7分かかっている」という現象を、「頭が悪い」に変換する。

「提出期限に遅れた」という現象を、「責任感がない」に変換する。

「会議で一度も発言しなかった」という現象を、「やる気がない」に変換する。

「初回訪問から次の商談につながらなかった」という現象を、「営業のセンスがない」に変換する。

 こうなると、本人は何を直せばいいのかわかりません。そうではなく、

「この仕事には、いま3時間かかっている」

「この1カ月で、入力ミスが5回あった」

「会議で相手が話している途中に、3回言葉をかぶせていた」

「10件中、2件が次の商談につながった」

 と、そのまま伝える。現象を現象のまま扱うのです。すると、

「では、3時間を2時間半にするにはどうする?」

「5件のミスのうち、どこで起きている?」

「人の話を最後まで聞く練習をしよう」

「2件と、残り8件の違いは何だろう?」

 と、次の行動を考えられるようになります。

 できていないことを、「できない人間」にしてはいけません。