完璧を求めすぎて仕事を終えられない。やらなければいけないことを先延ばししてしまう。そんなときの対処法を、『おい、とりあえず終わらせろ』の著者、nwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろやる気Photo: Adobe Stock

「やる気が出ない」ときは、「意味」と「代償」が曖昧になっている

 やる気が出たら、やろう。

 そう思って待っているうちに、時間だけが過ぎていく。

 追い込まれれば動けるはず、と自分に言い聞かせて、また先送りにする。

 夜になって、「どうして自分は、こんなにやる気が出ないのだろう」と落ち込む。

 そんなとき、自分のことを「ダメな人間」だと思っていないでしょうか。

 けれど、やる気が出ない原因は、性格や根性にはないのかもしれません。

 たとえば、資料を作らなければいけないのに、やる気が出ないとします。

 そこで何が起きているのか。

 資料を作る意味が曖昧なままなのです。「なんとなく必要」「上司に言われたから」。これでは、身体が動くわけがありません。

 同時に、資料を作らないことの代償も曖昧です。「たぶん怒られる」「評価が下がるかも」。でも、今すぐ困るわけではありません。

 意味も代償も言語化されていないから、判断できない。判断できないから、動けない。

「追い込まれないと動けない」という人も、多いと思います。でも、これも性格の問題ではありません。

 締め切り前夜は、やる場合とやらない場合の差が、はっきりするからです。

「今夜やらなければ、明日の朝、何も出せない」と、代償がはっきりする。「徹夜してでも形にすれば、最低限の評価は得られる」と、意味もはっきりする。

 つまりこれは、情報の問題なのです。

「本来の自分」は、年に数日しかいない

 私はずっと、「本来の自分」という幻想を持っていました。

 体調が良くて、気分も乗っていて、時間も十分ある。そんな状態が本来で、今の自分は本来ではない、と思っていたのです。

 なぜ、この幻想を手放せないのか。「本来の自分」を信じていれば、今の成果を「本来の実力ではない」と言い訳できるからです。

 でも、その「本来の状態」は、年に何日あるのでしょうか。

 試しに1か月間、毎日の体調と気分を5段階で記録してみたことがあります。

「5」をつけられた日は、ひと月のうち、数日でした。残りの25日は、何かしらの不調を抱えていました。

 だから私は、寝不足の日も、気分が乗らない日も、ジムに行きます。絶好調でバーベルを握れた日なんて、ほとんどありません。

 万全ではない体調でも、行く。それが、「本来の」自分です。

 100点の状態なんて、年に数日しか来ません。その数日を待っていたら、何も終わらないのです。

やる気は、始めたあとについてくる

「やる気がないから動けない」は、順序が逆です。

 動かないから、やる気が出ないのです。

 エディタを開く。ファイル名をつける。1行だけ書く。その1行が、次の1行を呼びます。

 やる気は、原因ではなく、行動のあとについてくる結果です。

 始めて15分ほどは、抵抗があって、まだ重い。そこを越えたあたりから、没入が始まります。

 もうひとつ、できることがあります。

「このタスクをやる意味は何か」「やらないことの代償は何か」を、紙に書いてみるのです。

 答えが出ないなら、そのタスク自体を疑ってみてください。「やらない」と決めることも、立派な判断です。

 ただし、完璧に書こうとしなくて大丈夫です。3行で、「たぶんこれ」くらいで構いません。

 だから、やる気は出そうとしなくて大丈夫です。

 手がつかない仕事があれば、意味と代償を、3行で紙に書いてみる。そして、ファイルを開いて、1行だけ書いてみる。

 そうすれば、手は動き始めるはずです。