「ナポレオン三世」と聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか。偉大な叔父ナポレオン一世の影に隠れ、普仏戦争で敗れて帝位を追われた「無能な皇帝」。そんな評価が根強い。だが、その政治手法を見れば、まったく違う顔が浮かび上がる。農民や労働者に直接語りかけ、選挙や国民投票を使って支持を広げ、公共事業で暮らしと社会を変えようとした。その姿は、テレビやSNSで大衆に訴える現代の政治家とも重なる。書籍『地図で学ぶ「深読み」世界史』の著者が、敗者のイメージに埋もれたナポレオン三世の「意外な先進性」をあらためて読み解く。

ナポレオン三世は無能な皇帝?「頭のいい人」だけが知る、民衆の心をつかんだ意外な方法Photo: Adobe Stock

「ナポレオン一世の劣化版」では見えない、皇帝の意外な素顔

 ナポレオン三世は、長い間「叔父ナポレオン一世の劣化版」のように見られがちな人物だった。軍事的天才でもなく、最後は普仏戦争で敗れ、皇帝の座を追われる。そのため歴史上の評価では、失敗した皇帝という印象が先に立ちやすい。

 だが、政治の仕組みに注目すると、かなり先進的な人物像が見えてくる。彼が理解していたのは、19世紀半ばのヨーロッパで政治の相手が変わりつつあるということだった。

なぜナポレオン三世は「議会のエリート」より大衆を選んだのか?

 それまでの政治は、財産を持つ少数の有権者、議会の名望家、都市のエリートが中心だった。ところが革命と普通選挙によって、農民や労働者を含む膨大な人々が政治に入ってくる。ナポレオン三世は、既存のエリート社会で高い評価を得るより、その新しい大衆へ直接訴えかけることを選んだ。

 普通選挙や国民投票を利用し、公共事業や都市改造を進め、労働者層にも関心を示す。それらは社会改革であると同時に、自らの権力基盤を作る戦略でもあった。ここに彼の近代性がある。

今の政治家とそっくり?ナポレオン三世が150年以上前に試した政治手法

 現代の政治家も、政党組織だけではなく、テレビやSNSを通じて有権者へ直接語りかける。福祉政策や公共投資は、社会問題を解決すると同時に支持を生む。強い指導者が「議会より自分のほうが国民を代表している」と主張することもある。

 だから彼を「成功した皇帝か、失敗した皇帝か」だけで見るより、「どんな政治の時代を先取りしたのか」と考えるほうが面白い。選挙による正統性、大衆への直接訴求、社会政策、巨大公共事業、国民的威信を高める外交。後の政治家たちが繰り返し使う手法が、すでに彼の時代にまとまって現れている。

 ナポレオン三世は、古い皇帝というより、近代的大衆政治の実験者だった。その視点から見ると、19世紀の人物でありながら、現代政治を考えるヒントをいくつも持った人物なのである。