「子どもには、人に優しくすることを教えなければ」「思いやりは、大人になるにつれて身につくもの」「大人のほうが、子どもよりも分別がある」。そう考えている人は多いかもしれません。ところが発達心理学の研究からは、少し違う姿が見えてきます。ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司氏は著書『幸せの人類史 なぜ「幸福」は人類を「不幸」にしたのか』の中で、利他的な人ほど幸せであることを示す研究とあわせて、子どもと大人の利他性についての興味深い研究を紹介しています。本稿では、その一部を抜粋して紹介します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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子どもと大人、どちらが利他的?
子どもと大人、どちらが利他的だと思いますか? 人は成長するにつれてモラルを身につけていくように感じるかもしれません。しかし、発達心理学の研究結果は、少し違う姿を私たちに提示します。
むしろ、人間は幼いころにはかなり自然な形で利他的に行動する傾向があり、成長するにつれて社会のルールや競争を学びながら、行動が変化していっている可能性があるのです。
頼まれなくても、1歳半の子どもは人を助ける
この分野でよく知られている研究に、心理学者フェリックス・ヴァルネケンとマイケル・トマセロの実験があります。2006年に科学誌『Science』に掲載された研究です。
この研究では、生後18か月ほどの乳幼児を対象に、人が困っている状況を見せる実験が行われました。たとえば、実験者が物を落としてしまったり、棚の上の物を取ろうとして届かなかったりする場面です。すると、乳幼児たちは頼まれていないにもかかわらず、落ちた物を拾ったり、必要な物を手渡したりする行動を自然に行いました。
興味深いことに、こうした行動は特別な報酬がなくても起こります。むしろ、報酬を与えると助ける行動が減ることすらありました。研究者たちは、この結果から、人間にはもともと他者を助けようとする動機が備わっている可能性があると考えています。
成長とともに、損得や競争のルールを学んでいく
子どもの利他性や公平感覚は、分配行動の研究からも示されています。経済学者エルンスト・フェールらは、3歳から8歳の子どもたちを対象に、お菓子などを分け合う分配ゲームの実験を行いました。その結果、幼い子どもは比較的自己利益を優先する傾向が見られましたが、年齢が上がるにつれて、不公平な分配を避け、平等な分配を選ぶ傾向が強くなることが示されました。
ただし、その後の研究では、人は「自分が損をする不公平」には強く反応する一方で、「自分が得をする不公平」については受け入れやすい傾向も示されています。つまり、人は成長するにつれて、単純な利他性だけではなく、社会的な利害関係や競争のルールも学び、それが行動に影響を与えるようになると考えられています。
「自分たち」と「他者」を区別する心も早くから
子どもたちの研究からは、もう一つ興味深いことがわかっています。それは、人が「自分のグループ」と「他のグループ」を区別する傾向、いわゆる内集団バイアスが、ごく早期から現れる可能性です。
心理学者ヤロウ・ダナムらは、子どもたちを赤チームと青チームといった単純なグループに分け、その後の行動を調べました。その結果、子どもたちは、自分が属するグループのメンバーをより好意的に評価する傾向を示しました。
つまり、人間には比較的早い段階から「自分たち」と「他者」を区別する傾向が存在している可能性があります。そして社会の中で成長するにつれて、その区別はさらに複雑化し、社会的なアイデンティティや競争、排他性とも結びついていくと考えられます。
この意味で、人間の利他性は、常に「誰に対する利他なのか」という問題を含んでいます。
さらに、世界のさまざまな文化圏で行われた研究でも、類似した傾向が報告されています。心理学者ベイリー・ハウスらは、複数の国や文化圏の子どもたちを比較し、幼少期から向社会的(利他的)行動や協力行動の萌芽が広く見られることを示しました。
大人になるほど、利他性と視野の広さは減っていく?
もちろん、人間が常に利他的に行動するわけではありません。しかし、こうした研究は、人間が本質的に利己的な存在であるという単純な見方に疑問を投げかけています。むしろ、人間にはもともと他者と協力し助け合う傾向があり、成長するにつれて社会の競争や集団の境界を学びながら、その行動が変化していくのかもしれません。
ここまで、成人よりも子どもの方が実は利他的だったのではないか、ということについて見てきました。利他性と同時に「視野の広さ」も、大人になるほど減退していくようにも思えます。
人間個人の研究結果を人類の歴史に拡張してみても、同様なことがいえる気がしてなりません。子どもは大人よりも視野が広く利他的であるように、昔の人類は現代人よりも視野が広く利他的だったのではないでしょうか。






