議員日当制の導入でカネをかけない選挙が続いたが、掲げられた崇高な理想とは異なる現実にも直面している。もともと日当制に対し、議会内に反対の意見があった。「自分の仕事をしながら片手間で議員活動はできない」「日当制では生活できないので、若い人たちが議員にはなれない」「一所懸命仕事をする人に一定の報酬を払うのは当然だ」「議員の仕事は議場内だけではない」といった異論である。おカネが欲しいという議員たちの本音とも言える。

 日当制導入時にこうした意見が議会内に広がらなかったのは、2007年4月に引退した前町長が隠然たる影響力を誇っていたからだ。カリスマ首長として全国的にも知られていた根本良一・前町長(連載第57回参照)である。議員日当制の提唱者だった。

月額制派と日当制派で議会は真っ二つ
議会力の向上をいかに担保するかは課題

 その根本前町長が引退して7年あまりが経過し、矢祭町議会内で日当制を見直すべきとの意見が聞かれるようになった。議員報酬をあてにする人たちが、不満を募らせているのである。今年春に議員日当制に関する協議を全議員で2回、行っていた。

 10人の議員は、月額制に戻すべきとの意見と日当制を堅持すべきとの意見で真っ二つに割れているという。また、ある議員は「一部の有権者からも『昔のお祭りのような選挙の方が良い』という声が出ているようだ」と内情を明かす。

 しかし、日当制見直し派の議員たちも具体的な行動を起こせずにいる。「自分たちの本音を公の場で大っぴらに語ると、次の町議選挙(2016年)で落とされてしまうのでは」と危惧しているのである。それで住民に働きかけることもなく、ひたすら大きな流れの転換を待っているようだ。ボランティア精神だけではうまくいかない現実があるというのも、間違いない。

 もっとも、矢祭町の議員日当制が抱える最大の問題点は、議会力の向上をいかにして担保するかという視点が欠落していることだ。議員活動は片手間で済ませられるものではない。また、片手間で済ましてよいものでもないはずだ。報酬を日当にするだけで、あとは志の高い人の登場に期待するというのでは、あまりにも心もとないと言わざるを得ない。