高卒から叩き上げた男が
築き上げた絶妙なビジネスモデル

 マスターの最終学歴は「高卒」。それでも、大学受験に精通しているかのように真剣に語り続ける。一応、50年近く前に川崎市内の高校を卒業した。意地悪な客が「マスターはどこ?」と聞くと、やや動揺したのか、グラスをカウンターに置いて話す。「本当はA大学に入る学力があったけど、家が貧しいから進学しなかった」と誰にでもわかる嘘をつく。

 中小企業にいるときに相当悲哀を味わったのか、学歴に対して極端なコンプレックスを持つ。しかし、したたかなのだ。常連客が「ヒモのような男」と形容するだけのことはある。30代の頃、会社員として先が見えなくなると、「転職先」を素早く見つけた。離婚し、独身となりつつも、店を持っていたママを落とした。

 ママには当時、小さな子がいた。1人で子育てをする身だった。今風に言えば、「シングルマザー」である。それを狙い撃ちにしたのだ。この店に何度も通い、再婚相手となり、マスターとなった。

 その後は、高学歴社員の客の心に次々と忍び込み、常連客にさせ、売上を飛躍的に伸ばして行った。バブルの余波が残る1990年代前半の頃、売上は3000万円を超えたようだ。20年近く前、ママと2人で都内西部に1億円を超えるマンションを買った。がんの闘病で知られる、有名な芸能人が住むマンションでもある。

 購入直後に、税務署から調査が入り、数百万円を支払わざるを得なくなったという。マスターは、税務署から逃げる顧問税理士を叱りつけたことを得意げに語る。なんとか帳尻を合わせ、数百万支払うことで解決した交渉力も持つ。本人いわく、「俺には学歴はないけど、生きる力はある」――。

 マスターが執拗に狙うのは、「行き詰まった会社員」だった。高学歴なのだが会社で一定のペースで昇格できない、30代後半から60代の社員たちだ。カウンターの中で酔うふりをして、客のグラスに酒をつぐ。当然、1杯につき少なくとも数千円となる。マスターは学歴について聞き出し、現在会社で満たされない客の劣等感と、20~30数年前の優越感を刺激する。