4年間の半端な延命策で
8500億円を無駄にした

 下の表はシャープのバランスシートを4つの断面で切り取ったものである。A列は黄金時代最後の通期決算で、この翌年度にシャープは史上初の営業赤字を記録する。B列は2度目の営業赤字を出した通期決算、C列は3度目の営業赤字を出した通期決算、D列は直近の四半期赤字決算に呼応する。A列とB列の差分は、町田勝彦会長と片山幹雄社長による再起の努力を反映する。同様にB列とC列の差分は奥田隆司社長、C列とD列の差分は高橋興三社長の経営成果に相当する。

シャープ再建は、もう手遅れ <br />失われた4年間の愚策

 A列とB列の間でシャープは400億円近い営業利益を稼ぎ、5000億円弱の最終赤字を計上した。B列の時点で企業価値の7割が消え去っている。奥田氏以降は1000億円以上の営業赤字に陥り、8500億円強の最終赤字を出してしまった。自ら膨らませた夢を萎ませて企業価値を大きく毀損したのは町田―片山ラインであったが、シャープの自己資本を毀損して債務超過に追い込んだのは奥田―高橋ラインである。

 こうして過去の経緯を一望してみると、やはり12年の春が大きな岐路であったことがわかる。そこで鴻海の傘下に入っていれば、シャープは追加で8500億円もの赤字を出さずに済んだかもしれない。残念ながら、自主再建の道を模索していた4年の間に、銀行が注入した約6000億円は蒸発してしまったに等しい。まさに焼け石に水である。仮に銀行が債権を放棄しても過ぎた時間は二度と戻って来ない。企業体として、もうシャープは終わっている。

 仮に銀行の債権放棄なしで鴻海が7000億円を注入しても、シャープが12年3月末の財務基盤を取り戻すには遠く及ばない。銀行の債権放棄を前提に産業革新機構が3000億円を注入しても、大同小異である。「かつてのシャープ」は、いまや蜃気楼に等しいのである。

 収益源を失ったあとの問題の先送りは、雪だるま式に損失を膨らませてしまう。これは、他山の石とすべき教訓であろう。敗戦処理は後ろ髪を断ち切って、とにかく早く大胆に動かなければならないのである。

 その点で、問題を先送りすることなく、ルノー傘下での再建を選んだ日産自動車の塙義一社長(当時)は偉かった。その教訓を学び損ねたシャープは、残念というほかはない。