目標スコアは達成した。でも、「その先」は?

 今、多くのビジネスパーソンが、英語スキルの習得に迫られTOEICに取り組んでいます。
 自ら定めた目標として、あるいは会社から課されたハードルとして、800から900点をターゲットにしている人が多いと思いますが、「その先」について、考えたことはあるでしょうか。

 TOEIC指導で圧倒的な信頼があり、新刊『6万人のビジネスマンを教えてわかった 時間がない人ほど上達する英語勉強法』の著者でもある中村澄子さんは、これまでハイスコアを達成したビジネスマンたちがいざ現場に出て、聞けず・話せずで途方に暮れるケースを幾度となく見てきました。
 800~900点はTOEICではハイスコアですが、ビジネス英語ではようやくスタートラインに立ったに過ぎないからです。

 一方、英語教育者の安河内哲也さんは、各種テストでは高得点を挙げるのに、一向に話せるようにならない日本人の勉強法に危機を感じ、4技能(読む・書く・話す・聞く)均等の習得を各方面で訴え続けています。

 ビジネスパーソンはこれから英語とどう向き合い取り組むべきでしょうか。
 二人の対談をお届けします。(構成:渡辺一朗)

話す練習をしなければ、英語は話せるようにはならない

中村澄子(以下、中村) このたびダイヤモンド社から『6万人のビジネスマンを教えてわかった 時間がない人ほど上達する英語学習法』という本を出すことになりました。
 今、日本企業はどんどん海外に進出していて、あるいはM&Aで外国企業を買収したりされたりというのがあって、現場では英語を使える人材が切実に求められています。
 それで多くのビジネスマンが英語に取り組んでいますが、目標がずうっとTOEIC(LR)なんですね。
 会社から課されたスコアを必死にクリアするのですけど、そこから先に何をやったらいいかわからないという人が人が多い。この本では私なりに、その道筋を示しました。

安河内哲也(以下、安河内) 恐らくビジネスで英語が必要というとき、8割くらいの人は「話すこと」を求められているのではないでしょうか。
 もちろんレポートを読んだりメールを書いたりということも必要だろうけど、まったく話さなくていいという人は少ないはず。
 TOEIC(LR)は素晴らしいテストですが、2技能(聞く・読む)のみを測定するテストであるというのを忘れてはいけない。TOEIC(LR)の勉強だけをやって高得点が取れるだけでは、話せるようにはなりません。

中村 そうなんです。話すためには頭の中で英文を作って(つまり英作文)、それを声にして口から出す訓練をしなければならない。
 しかも、英文を作るときに考え込んではダメで、何かしらのリアクションを瞬時に返さないと相手にストレスを感じさせてしまいます。それがスムーズにできるようになるには、普通に頑張っても2年間くらいはかかりますよね。
 だから私は「TOEIC(LR)は800点台を取ったらさっさと卒業して、早くビジネス会話なり次のステップへ行きなさい」と言っているんです。

安河内 ずっとTOEIC(LR)の勉強だけをやり続けてしまう人っていますね。
 私も含めて、日本人はテストを究めるのが好きだからわからないでもないのですが、TOEIC(LR)が高得点でも話すほうはぜんぜんっていう人も結構いますからね。
 そりゃそうでしょう。楽譜を理解して、ショパンの美しい調べをいくら聞き込んだところで、ピアノでショパンを弾けるようにはなりません。指を動かす練習が必要です。
英語を話せるようになるには、英語を話すための練習をしなければならない。
 当たり前のことなんですけどね。

中村 はい。でもなぜかその当たり前のことが、なかなか言いづらい。
 TOEIC(LR)は800点台を目指して勉強する過程で、「最低限の語彙」「最低限の文法」「最低限の聞く力」「最低限の読む力」が身に付きます。そこは本当に良くできているテストだと、私も思っているんです。
 でも、実戦の英語ということで見れば800点台はスタートラインに立ったにすぎません。
 そこからが大変なのに、それを声高に言う専門家が少ないのです。何ででしょうね?

安河内 私はTOEIC(LR)で○○点を取ってから…ではなく、勉強を始める最初の段階から、「話す」「書く」のスキルも身に付けなきゃいけないんだと意識しておくことが大切だと思うんですね。
 テストっていうのは、まず目標(例えば、通訳に頼らず商談ができるようになるなど)があって、そこに向かうマイルストーンのように利用するものでしょう。
 でもまあ、私自身がそうであるように日本人はテストが大好きだし、テストがないと頑張らないというのもある。
 だったら、テストでも最初から2技能じゃなく4技能をバランス良く伸ばすことを考えたほうがいい。TOEICテストを目標とするなら、4技能すべてを目標とすべきなんです。

中村 でもビジネスパーソンの場合は、仕事が忙しくて勉強に充てられる時間が限られているうえに、会社から「いついつまでに〇点を取らないと減給」というように容赦なく突きつけられてしまうので、まずそちら(TOEIC(LR))を優先して片付けるしかないんです。

安河内 TOEICテストにもちゃんとSW(スピーキング&ライティング)テストというものがあるのに、企業はあまり利用していません。
 LR(リスニング&リーディング)テストの受験者が年間240万人もいるのに、SWテストは2万人くらいでしょう。このアンバランスは非常に問題だと思います。
最初から、「TOEICの満点は990点じゃなく1390点である」(LRテスト990点+SWテスト400点)ということにしておけばいいのだと、わたしも散々、いろいろな場でアピールしていますが、なかなか浸透しませんね。でも、これからは変わると思いますよ。

中村 少しずつ変化の兆しが見えているところもありますね。
 英語のスピーキング能力を正確に測れるというので、「VERSANT」(ヴァーサント)を導入する企業が増えています。
 韓国のサムスンは社員に課すTOEIC(LR)のスコアをどんどん引き上げていたのですが、最近はもうTOEICについてはS(スピーキング)のスコアしか見ないそうです。
 TOEICはこれからも信頼されるテストであり続けるとは思いますが、「その先」を意識する企業が出てきているということでしょうか。

安河内 そうでしょう。言語能力は4技能均等に測定するというのは世界的な潮流です。
 世界の教育機関が採用している「TOEFL iBT」「IELTS」、日本で開発された大学入試向けの「TEAP」「GTEC CBT」も完全な4技能テストです。
「英検」も来年5月から、2級以上は、4技能均等スコア型テストに変わります。
 大学の入試でも、4技能テストを導入するところが増えてきました。
 また、2021年から実施される、新センター試験「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」も、4技能型テストになることが決まっています。

中村 大学入試改革は、安河内先生が文科省の審議会に入って、頑張っておられましたね。

安河内 はい、4技能評価だけは絶対に譲ってはならないと、しつこくしつこく言い続けて、みなさんに納得していただきました。文科省もこの目標に向かって動いています。
4技能指導を受け、4技能評価で入学した学生たちが社会に出る頃には、ビジネスシーンもずいぶん変わってくると期待しています。

中村 けれど今日明日に最前線に送り込まれるビジネスパーソンたちは待ったなしです。
 仕事がデキる人たちは周囲を見渡して、自分に何が求められるか、どんなスキルが必要になるかはわかっています。
 ただ、ビジネス英語を体系的に学べるスクールなり、教材というのはほとんどなくて、みなさん試行錯誤と体当たりで頑張っているんです。
 立ちはだかる壁を乗り越えた人たちは何をどうやって勉強したか、という具体例も、『6万人のビジネスマンを教えてわかった 時間がない人ほど上達する英語学習法』にはたくさん盛り込みました。

安河内 私も初・中級者が気軽に取り組めるスピーキングテストがないので、「もう自分でやる!」と、新しいテストの開発を米国のテスト機関に持ちかけました。
「E-CAT」(English Conversational Ability Test/イーキャット)と名付けられましたが、既存のいかなるテストともコンセプトが異なり、能力を正確に測定するという機能に加えて、初・中級者の学習を助けることに主眼を置いてあります。
 練習用のタスクをたくさんネット上で供給し、教育現場のスピーキングの授業を助ける仕組みを作る予定です。
 製品化まで、もう一息なので、ご期待ください。

中村 4技能の中でも「話す」は重要度が高く、習得にいちばん時間がかかるのに、限られた時間のなかで後回しにせざるを得ないのがビジネスパーソンの実情だと思うんです。
 今、TOEIC(LR)に取り組んでいる人は早く目標スコアをクリアして、会話の勉強を始めたほうがいい。
 そこでうかがいたいのですが、「どうやったら英語が話せるようになるか」というビジネスパーソンの切実、かつストレートな質問に対して、安河内先生ならどうお答えになりますか?

(後半につづく)

安河内哲也(やすこうち・てつや)
1967年 日本の福岡県北九州市生まれ、遠賀郡岡垣町育ち。東進ハイスクール・東進ビジネスクールのネットワーク、各種教育関連機関での講演活動を通じて実用英語教育の普及活動をしている。特に各種4技能試験の普及活動にも熱心に取り組んでいる。文部科学省の審議会において委員を務め、大学入試への4技能試験導入に向けて積極的に活動中。TOEICスコアは1390点満点 (LR+SW)。帰国子女でもなく、長期留学経験もないが、独自の音読自動化学習法で英語を習得した。2014年には、国際コミュニケーションの頂上決戦ICEEで優勝。安河内式トレーニングに基づいて英語を習得した教え子たちは、難関大学に多数合格するだけでなく、英語教育や国際交流、ビジネスの場で多く活躍している。執筆活動に関しては、現在は英文ノベルのみに集中。参考書や一般書の執筆は休止している。英文ノベル以外にも、これまで、ベストセラービジネス書(『勉強の手帳』(あさ出版)、『できる人の教え方』(中経出版)等)、及び参考書を多数執筆した。発行部数は350万部を超える。これらは、韓国・中国・台湾・タイでも、多数翻訳され出版された。趣味は、自転車、マジック、映画、音楽、クイズ。韓国語も大好き。話せる英語、使える英語を教えることを重視している。子どもから大人まで、誰にでもわかるよう難しい用語を使わずに、英語を楽しく教えることで定評がある。
中村澄子(なかむら・すみこ)
同志社大学卒業。イェール大学でMBA(経営学修士)を取得。帰国後、米国の金融コンサルティング会社の日本法人立ち上げに参画。その後、オフィスS&Y を設立。大企業で英語研修講師を務める傍ら、東京・八重洲でキャンセル待ちが列をなすTOEIC専門スクールを運営。購読者3万人を超える人気メルマガ「時間のないあなたに!即効TOEIC250点UP」の発行者でもある。累計80万部の『1日1分レッスン!新TOEIC TEST千本ノック!』シリーズ(祥伝社)の他、『TOEICテスト英単語 出るのはこれ!』(講談社)など著書多数。
https://www.sumire-juku.co.jp/