『変わり続ける 人生をリポジショニング戦略』を上梓した出井伸之さんと、『シンプルに考える』の著者、森川亮さんの対談、後編です。個人も日本も「変わり続け」なければいけない、この時代。どうしたら日本企業は変われるのか、お二人の意見を聞きました。(構成:崎谷実穂 撮影:宇佐美利明)

出井伸之氏と森川亮氏(手前)。出井氏の打ち出した戦略に共感した森川氏は、ソニーで3年間勤めた経験がある。

インターネットは社会に落ちた隕石

出井伸之さん(以下、出井) 2007年から「アジアイノベーションフォーラム」という国際会議を毎年開いているのですが、昨年のテーマは「2025年 ━ あなたの企業は? あなたの国は?」でした。2025年を「単なる10年先」とみるか、「一つの節目」と見るかで捉え方は大きく変わります。そして僕は、大きな節目になると考えているんです。

森川亮さん(以下、森川) 2025年で何が変わるのでしょうか。

出井 基本的な社会システムが、全部変わるんじゃないでしょうか。今の日本は産業も制度も、いまだに過去の延長なんですよね。1995年に本格的なインターネットの普及が始まってから、新しい産業といえるものができていないんです。今の時代、新しいプラットフォームをつくった企業が、世界的に新しい産業をリードしつつあります。ところがこれまで日本でプラットフォームをつくれた会社があるとしたら、それはLINEだけだと思います。

森川 ありがとうございます。AppleやGoogleに比べるとまだまだですが、日本ではプラットフォームになりつつありますね。

出井 1995年は僕がソニーの社長になった年です。この時僕は、世の中はものすごく変化するだろうと考えていました。インターネットは、社会に落ちた隕石だと思ったんです。この衝撃についてまわりによく話していたのですが、当時はあまり理解されませんでした。そしてこの95年に感じた大変化の兆しを、今年も感じているんです。

森川 その大変化に合わせて、日本もリポジショニングしなければならないとお考えなんですね。日本の変化を阻む、一番の要因は何だと思われますか?

出井 まず第一に、労働の流動性が足りないことでしょう。いま非正規雇用が増加しているのが問題だと言われていますが、世間で言ういろいろな待遇が保証された「正規社員」というのは大企業のエリート社員のことですよね。その人達は、新卒で入った会社に勤め上げることを前提としている。中小企業やベンチャーは、そもそも一生そこに勤めるという気持ちは希薄だし、年功序列で給料が上がっていくとも思っていない。本来はそれが普通なんですよね。

森川亮(もりかわ・りょう)1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属され、多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。03年にハンゲーム・ジャパン(株)(現LINE(株))入社。07年に同社の代表取締役社長に就任。15年3月にLINE(株)代表取締役社長を退任し、顧問に就任。同年4月、動画メディアを運営するC Channel (株)を設立、代表取締役に就任。著書に『シンプルに考える』(ダイヤモンド社)。

森川 ITの世界なんかは特に、自分の価値を認めてくれるところで仕事して、その対価として賃金をもらうという感覚が一般的だと思います。

出井 そうですよね。それで、成果を出すために長時間働いていると、全部一括りで「ブラック企業」と呼んだりしますが、それも僕は違うんじゃないかと思っています。無理に働かせるのは良くないですが、若いうちにやりたいことに集中して土日も働くというのは、個人の自由じゃないですか。

森川 そこは、メディアの報道にも問題がありますよね。ひとつ悪いところがあると、そこを誇張して報道しすぎることがあるなと。

出井 LINEのサービスをつくったときも、きっとみんな会社に寝泊まりしたりしながらがんばったんじゃないですか? あれは、2011年3月の東日本大震災をきっかけに、約1ヵ月でつくられたと『シンプルに考える』に書かれていましたね。ハードワークなしには不可能ですよね?

ヒリヒリした「危機感」こそが味方である

森川 そうですね。もともと2010年の末に、スマートフォンに特化したコミュニケーションサービスを開発するプロジェクトチームを結成しました。そのチームが震災での自らの経験をもとに、クローズドなコミュニケーションができるメッセージアプリをつくろうと決めたんです。

出井 震災直後って、電話もメールも全然つながらなかったですよね。そこで何かしらの連絡手段がほしい、と誰もが思ったはずです。そういうサービスが求められているという、使命感や危機感がLINEを育てたんだと思います。

森川 危機感は、新しいものを生み出したり、組織や制度の変化をうながす大きな要因になりますよね。だから、僕にとって危機感は、ある意味で「味方」なんです。ところで、いま、日本の大企業の経営者には危機感はあるんでしょうか。

出井 どうでしょう。やはり大企業の重役ともなると、世間から隔絶されてしまうところがあるんじゃないでしょうか。経団連のメンバーで海外出張などに行くと、ホテルのチェックインも、レストランの支払いも、事務方のスタッフがやってくれる。きっと日本にいるときも、電車に乗ったり、ぶらぶら買い物したり、ということから離れてしまっている人が多いのだろうなと思いました。

 もちろん、自社の財務状況や日本の経済状況などは知っていますから、ある程度の危機感はあるでしょう。でも社会の変化や危機的な状況にあることを肌で感じることがないのかもしれない。だから、ライバルになりうる新興企業を自ら調査するような人物が非常に少ないですよね。いわば、十二単(じゅうにひとえ)を着ているようなものだと思うんです。

森川 十二単(笑)。しかも、それぞれの衣を着せてくれる、お付きのものがまわりにいますからね。本人が変わりたくても、まわりがどんどん着せてくるから変われない。そういう仕組みになってるのかもしれませんね。

出井 そうなんですよ。もう日本の大企業は、恐竜のように大きくなってしまった。先ほど、インターネットの登場は隕石衝突みたいなものだと言いましたが、実際の恐竜は環境の変化に適応できず、滅んでしまいましたよね。変化に応じて自分を変えることができた哺乳類の中から、類人猿が生まれて、やがて人類へと進化していった。いまはきっと、アメリカで類人猿的な企業が生まれてきたくらいの時代なんじゃないでしょうか。日本はまだ、恐竜が幅を利かせていますが。

森川 環境に適応できない会社が淘汰され、新しい会社が進化していく、その過渡期なんですね。

出井 日本だって、明治維新や第2次大戦後は本気で危機感を覚えて、変化していったわけです。いまは、それに匹敵するような危機的な状況にある時代です。だけど、そういったヒリヒリとした社会的な危機感を、まだみんな肌で感じられていないように思う。

森川 じつはすごい地殻変動が起こっているんですが、インターネットによる変化はなかなか表に見えてこないですからね。

出井伸之(いでい・のぶゆき)クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 1937年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1960年ソニー入社。オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長、ホームビデオ事業本部長などを歴任後、1989年取締役就任。1995年から2000年まで社長兼COOとして、2000年から2005年までは会長兼グループCEOとして、約10年にわたりSONY経営のトップを担った。2005年にソニー会長兼グループCEOを退任後、クオンタムリープ株式会社を設立、現在に至る。他に、フリービット、レノボ・グループ、マネックス・グループの社外取締役や清華大学アドバイザリーボードなども務めている。著書は『変わり続ける 人生のリポジショニング戦略』(ダイヤモンド社)、『日本大転換』『日本進化論』(ともに幻冬舎新書)、監修は『進化するプラットフォーム』(角川学芸出版)など。

出井 その通りです。今回の変化は、和服が洋服になったり、あたりが焼け野原になったりという、わかりやすいものではない。でも水面下で、明らかに大きく変わっている。だから、いますぐにでも日本はリポジションしなければならない。「95年の変化」のときのことをよく思い出します。

 当時、日本でも、いち早く検索エンジンの開発に取り組んだ人々がいました。しかし、1998年にGoogleができると、あっという間に追いつけないほどの技術進化をしてしまった。なぜ、こんな差が生まれたのか? 僕は、国家レベルの環境整備の遅れが大きいと思っています。たとえば、当時、日本では、著作権法の観点から検索エンジンのサーバを国内に置くことが禁じられていました。これは、大きなハンディキャップですよ。

森川 そうですね。個人も企業も変わらなければなりませんが、国の制度も変わらなければなりませんね。規制も見直す必要があるでしょうし、新しいチャレンジをするベンチャーが活躍しやすい環境整備も求められていると思います。

出井 そのリポジションは早ければ早いほうがいいけれど、なかなか難しいのが現状ですね。でも、日本もこれから、変わらざるをえない状況に必ず直面すると思いますよ。

森川 でもそうなったら、きっと日本人はうまく変化できると思うんです。いまはちょうど、江戸時代の終わりごろなんじゃないでしょうか。

出井 そうですね。そして、明治維新で新しい日本が始まったように、この先の変化もきっとおそろしいことばかりではなく、良いこともたくさんあるはずなんです。ポジティブな心を持って変化に挑めば、必ずリポジションを成功させることができると思います。

森川 僕ひとりの力は微々たるものですが、社会の地殻変動を感じながら、それに対応したビジネスを作り上げたいと思っています。周り集まってくれている同志とともに、日本の変化の先陣を切っていきたいと意気込んでいます。

出井 とても心強いです。私もまだまだ現役。森川さんたちに負けないように、日本のために力を尽くしていきたいと思っています。お互いがんばりましょう。(おわり)