「リーマンショック級」か?

 つい先頃まで、安倍首相は、消費増税延期の理由として「リーマンショック級」の危機事態を探していた。しかし、本来は、単に「デフレ脱却がまだ不十分であること」を理由に増税を延期すれば良かったのであり、あの努力は無意味なものだった。ところが、首相の執念が引き寄せた訳ではないのだろうが、少々タイミングは遅れたが、英国がリーマンショック級の理由をプレゼントしてくれる可能性が出て来た。

 6月23日(木)に、英国のEU離脱の可否を問う国民投票が行われる。ここで、通称「ブレグジット」(ブリテンの「BR」に「EXIT」を付けた造語)こと英国のEUからの離脱が決まると、世界の経済と金融市場に大きな衝撃がもたらされる可能性がある。

 ブレグジットが行われると、英国とEUとの貿易に関税が発生する。これは、経済理論的には、英国・EU双方にとってマイナスである。また、人の移動が制限されて英国への移民の流入が減ることによって、英国企業が安価な労働力を利用できなくなるし、ブレグジットが行われない場合と比較して将来の労働人口が減ることになり、企業の収益悪化や経済成長率の低下が見込まれる。例えば、OECD(経済協力開発機構)は、ブレグジットが行われた場合、2030年時点の英国の実質国内生産が7.7%減るといった試算を発表した。

 英国のエリート層や経済界は、英国の経済にとって明らかにマイナスなのだから、ブレグジットが得策でないと国民を説得することが可能だと考えていたのかもしれないが、彼らは油断していたのかもしれない。経済全体の成長が生活実感に結びつかない庶民層にとっては、移民に職を奪われる可能性や、移民の増加による治安悪化やテロのリスクといった事柄の方がリアリティのある問題なのだろう。また、EUの官僚による規制を嫌う声が英国内にあるとも聞く。「経済全体のプラス・マイナス」だけでは、十分な説得材料になりにくい。

 離脱反対派の国会議員が射殺されるという衝撃的な事件が起こったこともあり、目下離脱反対派がやや優勢だとの観測が伝えられているが、各種の世論調査で賛否は拮抗しており、離脱が決まる可能性も十分あって予断を許さない。

 国論を二分するような大問題を国民投票で決着することができる英国が羨ましいような気がする一方、投票者の心理的な揺れが結果に大きな影響を与える一回の国民投票で国の進路を決めることの危うさが心配でもある。