「何かに熱中したい」「自分にしかできないことを見つけたい」けれど、「何に『人生』を賭ければいいのか」がわからない。そんな悩みを抱えたことがない、という人はいないのではないでしょうか。それは、エリートであろうとも変わらないようで、スタンフォード大学で起業家支援に携わり、ベストセラーを連発するティナ・シーリグ氏も近著でこう語っています。
「国は違えども、人生を賭けるような有意義なことがしたい、という思いはみな同じで、そのために助けとなるツールを必死で探しています」(『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』219ページより抜粋)
 でも、もし「一生を賭けるに足る仕事を見つけ、事業に育てるノウハウ」があったとしたら?深い、深い悩みの果てに、その方法論を確立したのが、起業家の登竜門「モーニングピッチ」発起人で知られる斎藤祐馬氏です。なぜ、斎藤氏はそのような方法論を確立することができたのか、その理由を初の著書『一生を賭ける仕事の見つけ方』からお届けします。

理想と現実の狭間でもがいた日々。その先で見つけたもの

 2006年11月、僕は大学卒業後2年間の浪人生活を経て、高校生のころから目指していた公認会計士の試験に、4度目の挑戦でようやく合格することができた。しかも、めでたく第一志望の「監査法人トーマツ」(現・有限責任監査法人トーマツ、以下トーマツ)への就職が決まった。

 トーマツは、監査やコンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリー、リスクマネジメント、税務などのビジネスプロフェッショナル業務を世界150超の国・地域で展開するデロイトネットワークの、日本におけるグループ法人の1つだ。2016年3月末時点で3200人を超える公認会計士が所属する、日本で最大級の会計事務所の1つである。トーマツに勤める人たちは、社会的な意義のある自らの仕事に誇りを持ち、みなイキイキと働いている。

 しかし、そんななか僕だけは、この念願だったはずの会社で、夢と現実のギャップに大きく苦しむことになる。

 なぜなら、僕にはどうしても譲れないあるミッションがあり、そのミッションのために公認会計士を目指すと決めた「原体験」があったからだ。

 僕が中学生のころ、父が会社を辞めた。独立し、新たに立ち上げた事業を軌道に乗せようと苦労する父の姿が、今も脳裏に焼きついている。父のような起業家を、支援する人がいればいいのに。そう何度思ったことか。

経営者の、「参謀」になりたい――。

 いつしか、それが僕の目指す姿となっていた。まだ粗いものの、この「原体験」が僕のミッションの原型となっている(もちろん当時はここまで明確に理解していなかったが)。

 以来、公認会計士になって、苦しむ経営者の、特にスタートアップの時期にある経営者の手助けをしたいと思うようになった。その思いがあったからこそ、3度の失敗にもめげずに公認会計士の試験を突破することができた。そして、「ベンチャー企業に強い」との定評があるトーマツを目指し、入社したのだった。

だが、僕が自分で希望して得たトーマツでの仕事は、僕の「原体験」とはズレがあった。

 トーマツのような大手監査法人の顧客になるベンチャーは、事業を大きく成長させ、株式上場を成し遂げた(あるいは上場を間近に控えた)企業が主となっている。僕が思い描いていた「創業間もない苦しむ経営者を助ける」という会計士像とは少なからずギャップがあった。

 ただ、社会的意義の大きさややりがいのある仕事であることを考えると、僕が夢を諦めていたとしても、誰からも批判を受けることはなかったはずだ。

 それでも、僕は諦めなかった。

 夢を夢で終わらせず、いつか仕事として取り組むことができるように、土日や平日夜に時間を見つけ、自分にできることを1つずつ実行していった。結果がすぐに出たわけではないし、本業以外のことを手掛けていた僕に、組織内で逆風が吹いたこともあった。それでも諦めなかったのは、自分のミッションを生き抜く覚悟でやりつづけてきたから、ただそれだけのことだったのかもしれない。

 僕の今の仕事は、ベンチャー企業の経営全般を支援することにある。デロイトトーマツグループ内の「トーマツベンチャーサポート株式会社」(略称TVS)で、今では100人を超すメンバーが活動している。チームのメンバーたちと一緒に、ベンチャーと大企業の間を取り持ち、大企業の新規事業創出を促したり、地方で活躍するベンチャーを増やすために、政府や自治体ともさまざまなプロジェクトを展開したりもしている。

 理想と現実のギャップに苦しんでいた僕が、10年近い時間をかけて、いや、高校生のころから数えれば15年以上の時間をかけて、そのころから思い描いていた理想の仕事に携わっている

 僕は今、たしかに自分のミッションを生きている実感がある。

「ミッション志向」で、人は、そして人生は変わる。

「キャリア志向」から「ミッション志向」へ――。

 それが、この本で伝えたいメッセージのいちばんの核心部分だ。

 世の中には、スキルやキャリアを高める方法が溢れている。公認会計士のような専門職になればなるほど、その傾向は強いと言えるのかもしれない。

 だが、スキルやキャリアばかりを追い求める仕事は、他の「誰か」や「何か」によって代替される可能性が常に潜んでいる。自分よりスキルの高い人はもとより、近年はAI(人工知能)やロボットの技術革新も著しい。

 その点、ミッションを歩む人生は、他の誰にも何にも代替されることはない。自分にしか成し得ないことであり、自分だけの道だ

 自分のミッションを歩む人生には、苦しみも伴う。それを乗り越えていくには、相応の覚悟も必要だ。だが、自分のやりたいことが形になっていくのを見るのは、何にも代えがたい喜びがある。

 僕は大きな組織のなかで、数々の苦労を乗り越えて、自分のミッションを新規事業として始めるに至った。だから、この本で紹介する技術やノウハウは、大企業に就職したものの、もやもやした日々を送っている人に、間違いなく参考になるはずだ。

 加えて、僕は仕事でベンチャー企業の経営者たちと日常的に交流している。自分のミッションを生きる彼ら彼女らを見ていると、組織の外で会社を立ち上げるか、組織のなかで新規事業を始めるかは1つの選択でしかないと実感する。その人自身の特性や実現したい事業の性質によって適否が変わることはあるにせよ、自分のミッションをビジネスに育てていくうえで重要なことは、ほとんどが共通しているからだ。だからこの本は、独立して起業を目指す人にとっても役立つところが多いだろう。

 この本が、自分の人生を賭けるべきミッションを見つけ、ミッションをライフワークとして取り組むための武器になることを願っている。