最近ではAI通訳機「ポケトーク」のほか、昔から「特打」「驚速」などユニークな商品名が多いソースネクスト。起業直後に累計600万本と大ヒットしたソフト「驚速」は、どのような点にこだわって開発されたのか?
ソースネクストというと、製品のネーミングのユニークさでご記憶くださっている方も少なくないと思います。たしかに、インパクトのある意表を突いたネーミングにこだわってきました。加えて、お客さまの支持をいただけて成長できた背景には、いくつかの理由があると思います。
一つは、Windowsのコンシューマー向けソフトに注力したこと。当時はコンシューマー向けソフトといえばMac向けが一般的だった中、Windowsのポテンシャルに懸けたのです。Windowsのコンシューマー向けソフトは、まだほとんどなかったため、思い切った製品をたくさん出せました。
そしてもう一つは、創業者である私自身が積極的に売り場に立っていたこと。お客さまのニーズや、求められている製品のヒントを、お客さまと触れ合う中で直接つかむことができました。そして、どんな製品が手に取られやすいのか見続けてきたことで、パッケージデザインの重要性に気づきました。インパクトのあるネーミングにこだわるのは、ただ面白いからではなく、そうした経験からきています。
たとえば、起業直後に生まれた大ヒット商品は、1996年に発売した「驚速95」です。シリーズ累計で実に600万本売れました。
Windows95が大きなブームになった当時、お客さまから戸惑いの声が聞こえてきていたのでした。
Windows95は、それまでのOSに比べてOS自体の容量が大きく、「重かった」のです。せっかく最新のソフトを買ったのはいいけれど、インストールしてみたら、「ワード」も「エクセル」も「一太郎」も、なかなか立ち上がらない。砂時計マークが、ずっとクルクル回っている。どうにかならないのか──。
パソコンに詳しい人は、その対応策を知っていました。メモリの増設です。パソコンの筐体にあるネジを回して開け、マザーボードにメモリを差せばいい。これだけで、すぐにソフトの立ち上がりが速くなります。価格は、だいたい1万円くらいでした。
しかし私は、一般のお客さまに各自でやってもらうのは極めて難しいと考えました。そもそも、パソコンの筐体を、ネジを外して開け、メモリをおそるおそるマザーボードに差す作業を、一般のお客さまがやりたいはずはない──。
そこで私が考えたのは、ソフトを使って速くすることでした。
実際、ワープロソフトの「一太郎」は、立ち上げに10.6秒かかっていたものが、6.3秒に短縮できました。ワードも、エクセルも、どのくらい速く立ち上げられるようになるか、短縮時間を一覧表にしてパッケージに掲載しました。
開発会社に頼んだのは「究極のシンプルさ」
そして、もう一つ私がこだわったのは、とにかく操作を徹底的にシンプルにすることでした。実は、パソコンやパソコンソフトを高速化させるソフトは、すでにあったのです。しかし、仮想メモリを手動で設定するなど、かなりマニアックなソフトでした。
「驚速」は外部の会社に開発を依頼したのですが、そのときに私がとにかくお願いしたのは、「ややこしい操作にしない」ことでした。メニューは「オン」と「オフ」だけで、あとは、Windowsとアプリケーションの立ち上げ速度を速くする「結果」だけ出してほしい、と伝えました。
実際のお客さまがすべき操作は、「驚速95」をインストールするだけ。「パソコンのソフトは、なんだか操作が面倒そうだ」というイメージを打破し、操作の常識を変え、とにかく簡単にしたことが、大ヒットにつながったのです。
「煩わしさをなくす」ことが、ソースネクストの発想なのです。一般の人にとっての大きな負担を、全部取り除いていこうと考えました。しかし、もともとパソコンやアプリに詳しい人たちは、そうは考えなかったのでしょう。実際、「驚速95」の開発会社も、私たちが事前に多くの開発費を用意したので従ってくれたものの、そうでなければ、私の意見も聞き入れてもらえなかったと思います。
私もかつて開発者だったからわかりますが、プログラムを書くエンジニアというのは、「どうだ、このソースコードすごいだろ?!」と自慢したくなるようなものを作りたくなるのです。しかし、最終ユーザーに、開発者の自己満足は関係ありません。
お客さまにとって、インストールするだけで何の設定もいらないこの「驚速」は、本当にびっくりするくらい売れました。なんと店頭では、大ブームとなったOSのWindows95よりも売れたときがあったほどでした。
そして、Windows98が出れば「驚速98」、Windows2000が出れば「驚速2000」と、OSがバージョンアップしていくたびに、大ヒットを記録していきました。“パソコンを速くするなら「驚速」”というブランドイメージが確立され、すでにデファクトスタンダードになっていたからです。(つづく。詳しくは、ソースネクスト松田社長の著書『売れる力』もご覧ください)
松田憲幸(まつだ・のりゆき)
ソースネクスト株式会社代表取締役社長
大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムエンジニアを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。ソースネクストは約50カ国で働きがいに関する調査を行うGreat Place to Workによる2019年版日本における「働きがいのある会社」ランキング(従業員100~999人)で12位と5年連続でベストカンパニーに選出されたほか、東洋経済オンライン「初任給が高い会社ランキング」(2017年)で第7位にランクイン。2012年より米国シリコンバレー在住、日本と行き来し経営にあたる。兵庫県出身。新経済連盟理事。
【関連書籍のご案内】
『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』
著者:松田憲幸(ソースネクスト株式会社社長)
2020年1月9日(木)夜10時~テレビ東京系列「カンブリア宮殿」出演!
10年で時価総額50倍に!
「特打」「驚速」などパソコンソフト累計5000万本、
初の翻訳機「ポケトーク」でシェア95%を実現した
【常識破りの、全ノウハウ】とは?
ソースネクストの創業は23年前。システムエンジニアだった松田社長は、それまで経験のない店頭販売や価格交渉を実戦で鍛えつつ、お客さまの「面白さ」「煩わしさ」をヒントにユニークな製品をつぎつぎ発売してきました。本書では、具体的な製品を挙げながら、それら製品や売り方の着想プロセスを語りつくします!
◆買ってしまう、欲しくなる「売り」の作り方
◆「特打」「驚速」「ポケトーク」などネーミングの秘密
◆明石家さんまさんCM出演の裏側
◆カッコ良すぎると売れない不思議
◆みずから店頭に立つと見えてくる売れる真実
◆ウイルス対策ソフトの更新料をゼロにできる理由
◆儲けている会社ほどお客様の満足度が高いという事実
◆実力がある人が出世できないと、みんなが困る風土
<反響続々!>
・紀伊國屋書店新宿本店 「社会」ジャンル第1位!(2019年12月16~12月22日)
・三省堂書店有楽町店 ビジネス書ランキング第1位!(2019年12月30日~1月5日)
・丸善日本橋店 ビジネス書ランキング第3位!(2019年12月26日~12月31日)
《著者より》
本書は、さまざまな紆余曲折の中で、私たちの生き残りにつながったユニークな製品や仕組みを、どのように考えて作りあげてきたのか、振り返ってまとめました。これからの厳しいビジネス競争をみなさまが生き抜く何かのヒントになれば、と願っています。ただし、これがヒントといえるか心もとない……というのも本音で、私たちが少し変わった会社である(とよく言われる)ことも事実です。こだわることと、とらわれないことのバランスが一風変わっていた、とでもいいましょうか。
たとえば、社長である私自身が、量販店の売り場に立って販売するのは、当社では当たり前でした。むしろ私は、喜んで店頭に立っていたのです。2019年も店頭に立って販売してきました。量販店の法被(はっぴ)を着て立ち、ポケトークの売れ行きについて、お客さまの生の声をうかがうためです。そんな「売れる」現場を大事にしてきたのと同時に、私が強烈にこだわってきたのは、パッケージやネーミングでした。同業他社は開発に鎬(しのぎ)を削っていましたが、お客さまから選んでもらうポイントはまず中身よりも「見た目」にある、と考えたからです。このため、ネーミングやパッケージデザインを担うデザイナーを、創業当初に役員待遇で迎えました。
また、ソフトの世界では、家電量販店等の小売店に製品を置いてもらうときは卸を通すのが常識ですが、私たちはもう15年も前に、卸を離れて小売店との直接取引に踏み出しました。卸を通すと、売り場を自分たちで思うように演出できないうえ、実売データも入ってこないからです。こんなことをした会社は後にも先にも、なんと今この時代ですら、パソコンソフト業界では私たちしかいません。
価格にもこだわりました。パソコンソフトは数千~1万円するのが当たり前だった時代に、それではユーザーは増えないし、販売ルートも限られる、と考えて、価格を一気に下げました。1980円に統一してしまったときには、業界から罵詈雑言(ばりぞうごん)も浴びせられました。それでもひるまず、このとき一気に100タイトルを世に送り出し、多くのお客さまからの支持を得て、同時に競合を完全に振り切ったのでした。
このほか、会社の倒産の危機をからくも脱した直後の2012年からは、社長である私がアメリカのシリコンバレーに移住しています。日本に本社があるのに、社長みずからがアメリカに移住してしまったことで、これまた驚かれました。しかし、この選択は大正解でした。
現地でのすばやい交渉が奏功し、「Dropbox」や「Evernote」などのいわゆるクラウド製品の日本語版販売の権利を取得でき、それも日本式に量販店でパッケージとして売り出したことで大ヒットしました。クラウド製品をダウンロードするのではなく、量販店で手に取りながら、アフターサービスも保証されるパッケージとして売ったことが、業界の、そしてお客さまの度肝を抜くことになったのでした。
こうした取り組みでは、それぞれに学びがありました。そして今、これらすべての経験や仕組みが揃ったおかげで、ソフトウェア会社だった我々が、冒頭紹介したとおり、ハードウェアであるポケトークを大々的に展開することもできています。長年かけて、一つひとつジグソーパズルのピースをはめてきて、すべてそろった感覚に近いかもしれません。さらに、2019年12月には、「ポケトークS」という大きくバージョンアップした次号機を発売します。まさに、人類史上最高の翻訳機です。もちろん、今がゴールではなく、新たなスタート地点に立ったばかり。拙著『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』を通じて、私たちが体験してきた経験や教訓が、ビジネスパーソンのみなさまのほんの少しでもお役に立てたら幸いです。