日本ではAI研究であまり話題にならないマイクロソフト。しかし、25年にわたるAI研究の技術が騒がれないのには理由がある。マイクロソフトは、「その先」を狙っているのだ。なぜマイクロソフトのAI研究は圧倒的に強いのか。なぜ、技術はあってもAIスピーカーを作らないのか。マイクロソフトが目指すのはどんな世界なのか。3000人以上を取材したブックライターの上阪徹氏が、日米幹部への徹底取材で同社の全貌を描きだす新刊『マイクロソフト 再始動する最強企業』から、内容の一部を特別公開する。
AI研究のカギとなる、1日数億人規模の巨大データ
テクノロジーの領域で近年、最もホットな話題になっているものといえば、AIだ。
スマートフォンでの音声認識や顔認識、AIスピーカーの登場、さまざまな機器にAIが組み込まれるなど、AI関連の話題はすっかりお馴染みになってきているが、AIがこれからのテクノロジーの進化のキーになることは間違いない。
そして先端的なAI技術といえば、IBMやグーグル、アマゾンなどを思い浮かべる人も多いかもしれないが、実はコンピューターの世界に詳しい人たちが、AIで最先端を走っている企業として真っ先に名前を挙げることも少なくないのが、マイクロソフトなのだ。
新生マイクロソフトの技術の目玉のひとつとして、サティア・ナデラCEOが注目したのも、このAIだった。
アメリカ本社でAIに関するコミュニケーションを担当しているレッティ・シェリー氏はこう語る。
「マイクロソフトは、すでに過去25年にわたってAIを研究してきました。音声や言語、翻訳、ジェスチャーの理解といった研究をずっと続けてきています。背景にあるのは、AIが人の創意工夫を大きく拡幅できるのではないかという発想です。もっと人が能率良く生きるためにはどうすればいいか、また何らかの形で人々の生活を潤わす、そういうところで、AIは支援ができるのではないかと考えてきたんです。マイクロソフトのAI研究は、AIが人の代わりになる、仕事を代わりにやってしまうというものではなく、人がやっていることをもっと良くしよう、もっとうまくできるようにしよう、もっと生産性が上がるようにしようというものです」
そしてAI研究において、マイクロソフトには大きな強みがあるとシェリー氏は続ける。
「AIはまずデータで始まるわけですね。データがとても重要です。マイクロソフトには、WindowsやOfficeがあり、大量のデータを手にできるという利点があるんです」
マイクロソフト製品は、1日で数億人以上が使っている。そんな大規模なデータを手に入れることができる会社は、まず他にないのだ。こうしたデータをベースにしながら、AI研究は進められ、さらに実用化もされていく。
「例えば、PowerPointで3つのボックスを揃えて綺麗にしようという場合、デザインアイディアのボタンをクリックすると、数百万人の人たちがトライしてきたイメージが出てきます。これもAIのサポートを受けることができます。ボックスを揃えるために、いろいろ考えたりする手間暇がかからなくなるわけです」
そしてサティア・ナデラCEOになってから、AIの研究、開発体制がさらに整備されることになった。
マイクロソフトでは、例えばOffice製品の中にAI機能を入れる研究をしていた社員、Outlookの中に入れる研究をしている社員、検索エンジンのBingを研究している社員など、いろいろな領域でAI研究が行われていたが、それを集約したのだ。
日本マイクロソフトCTO、榊原彰氏は言う。
「マイクロソフト・リサーチ(第8回参照)に約3000人のAI研究者がいたんですが、他の領域でAI研究をしていた人たちを集約して、AI&リサーチというグループを設立し、5000人規模でスタートしました」
AI研究をしている社員だけで5000人以上(グループ設立時)、現在では8000人以上にその人員は増加しているというのだ。
「それまでは、Bingのチームが翻訳の研究をする一方で、他の製品でも翻訳を研究しているチームがいたりして、重複していたんですね。それを一緒にしたり、研究成果をシェアすることで、シナジーを生み出していこうと考えたわけです。このグループのトップが、ハリー・シャムという人物です」
スティーブ・バルマー時代に始まった、組織の垣根を取り払う「One Microsoft」活動を引き継いだナデラCEOが、AIの研究領域でも推し進めたのだ。
日本マイクロソフトでAI関連のセミナーや講演をたびたび行っているプラットフォーム戦略本部本部長の大谷健氏は言う。
「AI&リサーチの成果物は、マイクロソフトの製品の中に組み込まれたり、AIをパーツとして提供して、お客さまやパートナーさまにさらに付加価値のあるソリューションを作っていただくというビジネスモデルになっています」
AI自体はマイクロソフトにとっては、新しい取り組みではまったくない。
「AIブームはもう3、4回くらい来ていると思いますが、我々はテクノロジーとしてAIをずっと研究してきました。機械学習の時代から、深層学習、いわゆるディープラーニングをすべて網羅する形で行っています」