2019年12月16日、リクルートホールディングス(HD)の時価総額が7兆円を超え、国内10位にランクインしたことが報じられた。上場から5年で3倍以上に急成長した計算だが、その背景には積極果敢なクロスボーダーM&Aがあったのは言うまでもない。なかでも、2012年に買収した米オンライン求人情報専門検索サイト「インディード」の成功は記憶に新しいが、それ以前の海外展開での失敗に学び、ノウハウやドゥハウを社内に蓄積・共有してきたことで、M&A巧者へと進化していった。海外展開を推進してきたリクルートHD取締役専務執行役員兼CHROの池内省五氏と、20年以上にわたって、企業財務をはじめ、M&Aのコンサルティングに従事してきたKPMG FAS代表取締役の岡田光氏から、M&Aを失敗させないポイントを聞く。

中国進出の
失敗からの学び

岡田:海外展開に当たり、最終的にM&Aを選択した理由は何でしょう。

M&Aを成功させる<br />リーダーシップ
リクルートホールディングス 取締役専務執行役員 兼 CHRO
池内 省五 
SHOGO IKEUCHI
京都大学工学部卒業。1988年、リクルート(現リクルートホールディングス)入社。スーパーコンピュータ関連事業、経営企画等を経て、1993年、人事部で人事設計に携わる。2000年より経営企画室にて、中長期成長戦略策定に携わるとともに、新規事業開発と海外展開の推進に従事。2005年、執行役員。2012年、取締役。2014年、リクルートUSAの代表取締役。2016年4月、取締役兼専務執行役員に就任し、2019年4月より現職。また、ソニーフィナンシャルホールディングスの社外取締役を務める。

池内:2000年代の初め、中国市場への参入を担当しました。当時は、どちらかというと、M&Aを使わない有機的成長(オーガニックグロース)が一般的で、自前で現地法人を設立する、現地企業とジョイントベンチャー(JV)を組むといった方法を選択していたのですが、結論から申し上げると、いずれも失敗に終わりました。

 理由は2つあります。一つは、中国固有の特殊性かもしれませんが、日本人が現地で中国人をマネジメントするのは一筋縄ではいかないことです。日本人が中国で総経理(社長)を務めるのは、文化や慣行への理解が不十分の場合が多く、あまりうまくいった例しがなく、やはり中国人の方に任せるのが最善策だと思い知らされました。

 もう一つは、現地のユーザーニーズを理解することが難しかったことです。結婚情報誌『ゼクシィ』を中国で発行したのですが、誌面で使っていた日本では評価の高い結婚式場やウェディングドレスの写真が、中国人女性にまったく受けない。美的感覚の基準が日本人女性とは大きく違っていたわけですが、固定観念がじゃまをして、そのことがなかなか理解できなかった。

 また、HR分野では、200人程度の中国人の方を直接採用し、自前で参入したのですが、すでに先行している企業が数社あり、その時間差を埋められませんでした。

 こうした失敗から得た教訓が、M&Aによって「時間を買う」ことでした。サービス事業の場合、現地に根付き、インサイダー化しなければならないので、すでにアドバンテージを持っているところを買収し、我々の付加価値を付加していくほうが成功確率は高いという結論に至ったのです。

岡田:経験のない国へ進出する場合、M&Aとその他の進出方法のどちらが有効ですか。

池内:そこはケース・バイ・ケースです。中国最大の求人サイトを運営する「51ジョブ」のケースでは、我々は資本業務提携という手段で、中国HR市場に参入しました。実際には、M&Aで時間を買うケースが全体の8~9割を占めますが、有機的成長を選んだほうがよい場合もあります。

「メイク・オア・バイ」、すなわちみずから会社を設立して参入すべきか(メイク)、M&Aを選ぶのか(バイ)、それぞれのメリットとデメリットについて、初期段階から取締役会で綿密に話し合います。そして、結果としてM&Aが多かったというわけです。

M&Aを成功させる<br />リーダーシップ
KPMG FAS 代表取締役 パートナー
岡田 光 
HIKARU OKADA
KPMGニューヨーク事務所にてアメリカ企業ならびに日本企業への財務監査業務、コンサルティング業務を担当。1995年より20年以上、コーポレートファイナンス業務に従事。 M&A案件におけるフィナンシャルアドバイザーとして、ディールの交渉とマネジメント、企業価値評価、ストラクチャリング等の業務で数多くの実績を有する。現在、KPMG FAS代表取締役パートナー、ならびにKPMGジャパンのディールアドバイザリー業務の統括パートナーを務める。

岡田:中国企業に限りませんが、被買収企業の経営者が大株主であるとか、創業メンバーがいまも株式を相当数持っているといったことが少なからずあります。このような場合、買収後も一定の株式の保有を通じたインセンティブを用意する必要がありますね。

池内:非常に重要です。我々はもっぱら100%買収ですが、一定の割合を現地経営陣にオプションとして渡すこともあります。たとえば、5年後に売上げやEBITDA(利払前・税引前・償却前利益)などがある閾値(いきち)を超えると、何倍で買い取ると約束するのです。金銭面でウイン・ウインの関係をつくり、100%株主としてコントロールが効くような構造でないと、ガバナンスがうまく働きません。このようなロングターム・インセンティブ(LTI)を設定することにより、現地経営陣の成長に対するコミットメントをより高めていく必要があります。

岡田:インセンティブの与え方もストックオプションなどのほうが、個人にとっては資金負担もなくていいですから、メリットは大きい。有機的成長も常に選択肢に入っているというお話でしたが、今後JVを選択する可能性はありますか。

池内:JVでなければ成立しない案件でない限り、買収を選択するでしょうね。やはり持ち株比率が50対50前後のようなケースで、PMI(買収後の統合作業)がうまくいったという例は多くないというのが私の印象です。経営陣の中で判断が分かれた時、「どちらの責任になるんだ」という議論になりやすいですから。