リクルートの色には
染めない

池内:一般的なM&Aには、2つのパターンが見受けられます。一つは、企業文化、経営システム、仕事のやり方まで、自社のやり方に統合し、従えないならば去ってもらうという形。もう一つは、完全に放任して現地に任せてしまう形です。

 リクルートのPMIは、誤解を恐れずに言えば、統合はしません。リクルートの企業文化で誇れることは何かと突き詰めていくと、実は「自律性」なんです。リクルートは創業以来、この自律性・主体性を企業文化の中核として極めて重視してきました。なのに、買収したからリクルートのやり方に従え、というのはおかしな話です。ですから、被買収企業のCEOには、あえて経営の自由度を認めることを約束します。

 2012年に買収したオンライン求人情報専門検索サイト「インディード」の場合も“染める”ことはしませんでした。ただし、企業文化の共有には尽力しました。たとえば、リクルートは、どのようなビジョン、どのような価値観を持っているのか、どのように危機を乗り越えてきたのか、どのような判断を下してきたのかなど、幹部たちを集めて半日議論しました。

 最後に、こう伝えました。「私がここで話したことや質問を受けたことを、そのままやってくれとは言いません。ただし、今日議論した中で、面白いと思ったことはどんどん取り入れてください」

 お互い尊重し合い、ビジョンや価値観を共有する。それ以外は自由でいい、自律こそが重要である、というのがリクルート流のPMIです。

岡田:かつては、日本の流儀を押し付けるM&Aが大半でしたが、あまりうまくいかないことに懲りて、ここ10年くらいで、現地に経営を任せるという考え方に変わりつつあります。その一方で、ほとんど統制しないことで、逆に失敗している企業があるのも事実です。

 どちらにも共通しているのが、コミュニケーション不足です。リクルートの場合、基本的に自治を認め、個性を尊重する一方で、コミュニケーションをおろそかにしない。ですから、あまり問題が起こらないのではないでしょうか。そこで池内さんに、バランスというか、けっしてがんじがらめに縛ることはせず、とはいえ、状況はしっかり把握するといった、手綱さばきのコツについて伺いたい。

池内:リクルートには、現在、「HRテクノロジー」「メディア&ソリューション」「人材派遣」の3つのSBU(戦略事業単位)がありますが、各ユニットのトップは「セイム・ボート」、つまり皆同じ船に乗っているというメッセージを発信します。

 それは、日本人でも外国人でも同じです。買収先とのコミュニケーションは頻繁に行われており、昨2019年も、アムステルダム、オースティンなどに出かけて、シニアバイスプレジデントたちと1週間かけてさまざまなテーマについて議論してきました。

 繰り返しますが、経営は現地に任せていますが、一つだけ我々のガバナンスでエッジが立っているところがあるとすれば、最初に決めたEBITDAやKPI(重要業績評価指標)はコミットメントであり、届かなければ経営体制の刷新を行う場合もあります。

 日本企業では珍しいと思いますが、自由と責任はセットにしないと機能しません。自由という意味では、各SBU(戦略事業単位)長以外の人事は現地で決めてかまわないことにしており、各SBUのCxOクラスをはじめ、買収先の人事権は各SBUのボード陣が握っています。

岡田:目標は必達とのことですが、その設定はどのように決められるのですか。その際、買収先の経営陣への「どれくらい伸ばせるのか」という投げかけから始まるのですか。

池内:その通りです。ネット企業というのは、けっこう無謀な数字を上げてきます(笑)。我々ホールディングス側としては、彼らが申告してきた攻撃的なターゲットラインと、より保守的なコミットメントラインとに分けて運営しています。

 リクルートには、みずから申告した数字は達成すべきだ、という文化が元来あります。ですから、シビアな目標設定会議を何度も経て、たとえば17%増といったギリギリの数字を決めていました。しかし、急成長を目指すスタートアップからすると、こういうやり方はピンと来ない。

 彼らが掲げる目標は、いわゆる「ムーンショット」(大いなる挑戦)です。ですから、私の言うことなど、「ルーフショット」程度、要するに「屋根くらいだったら誰でも届くよ」というわけです。この落差は、「世界を変える」ことへの貪欲さの違いであり、どれほど真剣に向き合っているかの違いでもあるわけです。インディードもそうでしたが、アメリカの求人クチコミサイト「グラスドア」の創業者などは、世界ナンバーワンのHRプラットフォーム企業を本気で目指していると話しています。

 ですから、報酬の面でもまったく考え方が違います。アメリカにいた頃、そこの部下たちが、私はいくらもらっているのか聞いてきたことがありました。すると、開口一番「少ない!」と(笑)。特にネット系スタートアップの場合、報酬は非常に重要で、日本の考え方を押し付けたら、間違いなく失敗します。