M&Aの目的を
買収後も検討し続ける
岡田:KPMGでは、日本企業のM&Aの実態を把握するために、東証1部上場企業を対象に調査を実施しています(有効回答数は292社)。「M&Aプロセスにおいてやり直したいことは何か」と質問したところ、「シナジー分析」「PMIの事前検討」「経営を任せる人材の検討」といった回答が得られました。そこで、池内さんにも同じ質問をさせてください。
池内:当たり前のことなのですが、買収の目的をもっと徹底的に突き詰めればよかったと思っています。2000年代、小規模なM&Aを数多くやったのですが、いま考えると、何のために買ったのだろうと思わざるをえないものがけっこうあります。
当時、私が作成したプレゼン資料の中には「橋頭堡」という言葉があちこちで出てきます。この言葉の背後には、経験もないので、あまりリスクが取れない。なので、とりあえずこれくらいの会社を買って実験してみます、という積極的ではない態度がありました。ここで本当に大事なことは「このディールの最終的な目的は何なのかを考え抜けるかどうか」であり、当時そのことができていたかというと何とも心もとない。
たとえば、2020年までに中国市場のHRテクノロジー分野で絶対ナバーワンになるといった具体的な目標があれば、4番手や5番手の会社を買う理由はないわけです。
しかし実際には、1年かけて市場調査し、何十社と足を運んでも、買えるのが市場で4番目の会社だけということもあります。本当はナンバーワンの会社を買いたかったけれど、最善を尽くした結果、「4番目の会社を買うことにしました」と取締役会で説明すれば、皆「仕方ない」で済んでしまうこともあります。こうしたジレンマを多くの経営者は抱えているのではないでしょうか。
岡田:「M&A戦略をもう一回見直したい」という回答は、海外M&Aでは21%に上り、5社に1社がそう考えているという結果でした(図表「M&Aプロセスにおいてやり直したい取り組み」を参照)。
池内:もう一つは、バリューアップの見立てへの甘さですね。我々の昔のやり方は、案件が射程圏内に入ってきたら、買収先の情報を収集し、自分たちのアセットと突き合わせて、どうすれば売上げを伸ばせるのか、どうやってコストを下げるのかなどについて机上で分析し、買収の上限価格を設定します。しかし、実際に買収した後、その計画通りにバリューアップができた経験はあまりありません。
この反省を踏まえて、考え出したのが「2段階アプローチ」です。この手法は2012年から採用したのですが、少額出資を通じて、我々が培ってきた手法やノウハウが通用するのかを検証した後、100%子会社化あるいは大型の買収に踏み切るというものです。
ヨーロッパの美容オンライン予約サービス「トリートウェル」を買収した時も、最初は少額出資して、我々が持っている営業やマーケティングのノウハウをPoC(概念実証)で回してみて、思うような成果が出たので、最終的に100%子会社化しました。
岡田:池内さんがおっしゃるように、目的を明確にすることが大切です。それは、買収前も、交渉の最中も、そして買収後も考えなければいけない重要なことです。グローバルプラットフォームを手に入れたいのか、自社のプラットフォームを補完・強化する事業を買うのか。また当初は目的がはっきりしていても、競合他社が統合したり、新しい事業を始めたりすれば、環境が変化するわけですから、繰り返し目的を確認することも重要です。
もう一つは、先ほどご指摘された通り、オーナーシップです。企画立案者が実際の経営者となり、オーナーシップを発揮できるか。これができている企業はとても少ない。トップが決めた買収であれば、トップのコミットメントがないと失敗する確率が高くなります。
池内:組織体制としては、買収後に現地で執行を行うPMIチームと、デューディリジェンスなどを含めた交渉を行うネゴシエーションチームとに分けています。彼らは、東京、ヨーロッパ、アメリカの3極体制で活動しており、それぞれにノウハウが蓄積され、相互に共有しています。
そして何より、取締役会ですべての案件を振り返り、総括していることが大きいです。成功した案件も失敗した案件ももれなく振り返り、タイムスリップできたら、どこをどうすべきだったのかを省みる。
M&Aはやはり経験が物を言います。海外展開を本格化する前、大手製薬メーカーでM&Aを専門に担当されていたエグゼクティブを執行役員として招聘したのですが、その豊富な経験に裏付けられた交渉の進め方や手練手管など、引き出しの多さに驚かされました。こうした個人の知識もしっかり共有しています。
こうしたナレッジマネジメントは、M&Aに限らず、リクルートのDNAであり、企業文化の一つなのです。
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