唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊され、たちまち3万部の大重版となった。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【意外に知らない人体の常識】陰茎はどのように伸び縮みするのか?…その“驚きの機能”とはPhoto: Adobe Stock

ダビデ像のリアルな造形

 陰茎ほど、容積が大きく変化できる臓器は他にない。

 もちろん、胃や大腸、子宮などの管腔臓器であれば、内容物の容量に応じて形を変えられる。壁がやわらかいため、平常時よりかなり大きく膨らむことも可能だ。赤ちゃんが子宮の中でどんどん大きくなれることを思えば、その変化はイメージしやすい。しかし、中身が詰まった実質臓器は、そう簡単に大きさを変えられない。

 その点で、陰茎はかなり異質である。

 精子を効率的に子宮内に届けるため、陰茎は挿入時に大きく固くならなければならない。一方で、平時に大きいと歩行時に邪魔になるほか、後述する外傷のリスクもあるため、小さいほうが都合がよい。こうした大きさの変化を、どのように実現しているのだろうか?

 勃起は、性的刺激によって脳から出た信号が、副交感神経を経由して陰茎に伝わることから始まる(陰茎への物理的な刺激で脳を介さず勃起する経路もある)。

 陰茎の内部には、陰茎海綿体と呼ばれる組織がある。「海綿」とはスポンジのことだ。ここに動脈から血液が流れ込むことで、スポンジが水を吸い込むように大きく膨らむのである。つまり、勃起した陰茎の内部は血液で満たされているのだ。

 一方、海綿体は白膜と呼ばれる丈夫な膜で包まれ、勃起時にはこれが内側からの圧迫で固くなる。これによって血液の出口である静脈が押しつぶされ、血液の流出は妨げられる。こうして勃起の状態が維持されるのである。

 副交感神経はリラックスしたときに働く神経である。一方、交感神経は緊張感が高まったときに働く。つまり、緊張や恐怖を感じたときに勃起は起こらないのだ。

 ちなみに、ミケランジェロの代表作「ダビデ像」は、全身の大きさの割に陰茎が小さいことが知られている。二〇〇五年、フィレンツェの医師らはこの理由に関する研究結果を論文発表した。戦いを前に緊張と恐怖を感じる様子を表現したものだという(1)。

 ルネサンス期には、それまで禁止されていた人体解剖の制限が解かれ、解剖学が急速に進歩した経緯がある。医師や解剖学者だけでなく、のちの歴史に名を残す芸術家たちも解剖を行い、人体の構造を正確に理解しようとした。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは約三〇体の人体解剖を行い、七〇〇枚を超える精緻な解剖図を書いた。ミケランジェロもその一人で、自ら人体解剖をし、正確な解剖学的知識を得ていた。ダビデ像のリアルな造形も、そうした理解に裏づけされたものだと考えると納得がいく。

 さて、臓器が固くなることは、同時に柔軟性を失うことを意味する。陰茎もまた、勃起時は平常時よりはるかに外力に弱くなり、外傷によって陰茎が折れてしまうことがある。これを「陰茎折症」という。原因は、性行為、自慰行為や寝返りのほか、早朝勃起時に子どもが飛び込んできて受傷するなど、さまざまである。

 なお、陰茎に骨はない。実際に「折れる」のは白膜である。折れるときは、「ボキッ」という音がして、内出血が起きて腫れる。放っておくと勃起時に曲がってしまうことがあるため、手術で白膜を縫い合わせて修復する必要がある。きちんと治療すれば勃起障害などの後遺症は少ないとされている(2)。

尿道の長さは男女で違う

 陰茎は、その中央に尿道があり、男性にとっては尿路の一部でもある。すなわち、精液を運ぶ管と尿を運ぶ管として尿道を兼用している。一方、女性の尿道は膣からわき道に入る形で存在する。

 こうした構造上の違いから、男性の尿道は女性の尿道よりはるかに長い。女性の尿道は四センチメートルほどしかないが、男性はその四~五倍もあるのだ。

 そのため、膀胱炎や腎盂腎炎などの尿路感染症も女性に多い。尿路感染症とは、陰部にいる細菌が尿路を逆流して起こる感染症のことだ。膀胱で感染症を起こすと膀胱炎、そこから尿管をさかのぼって腎臓まで感染が及ぶと腎盂腎炎と呼ぶ。

 女性は尿道が短いため、細菌は上流に到達しやすい。また、女性のほうが尿道の入り口(尿道口)と肛門の距離が近いことも、感染リスクが高い要因の一つである。

 一方、もし男性に尿路感染症が起これば、必然的に「何か隠れた原因があるはずだ」と考える。前立腺肥大症や尿路結石、悪性腫瘍など、尿の排出を滞らせる何らかの要因がない限り、健康な男性はほとんど尿路に感染症を起こさないからだ。

 また、排尿にかかわる神経の障害で、尿がうまく排出できず、膀胱に滞留しがちになる状態を「神経因性膀胱」という。これも尿路感染症のリスクの一つである。例えば、糖尿病が悪化すると神経の障害を起こすが、これが神経因性膀胱を引き起こすこともある。男性が尿路感染症を起こすリスクの一つだ。

 男性と女性の体は、当然ながら生殖器にもっとも大きな違いがある。こうした差異は、病気のかかりやすさをも左右するのである。

監修:小林知広(京都ルネス病院泌尿器科)

【参考文献】
(1)The Guardian「How David shrank as he faced Goliath」
 (https://www.theguardian.com/world/2005/jan/22/science.highereducation)
(2)“Fracture of the penis: management and long-term results of surgical treatment. Experience in 300 cases” Rabii El Atat, Mohamed Sfaxi, Mohamed Riadh Benslama, Derouiche Amine, Mohsen Ayed, Sami Ben Mouelli, Mohamed Chebil, Saadedine Zmerli(2008). Journal of Trauma, 64:121-125.
『50の事物で知る 図説医学の歴史』(ギル・ポール著、野口正雄訳、原書房、二〇一六)

(※本原稿は『すばらしい人体』からの抜粋です)