唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう @keiyou30)アカウント約10万人のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。(初出:2021年8月29日)

【人体の新常識】肛門の「とてつもない機能」を知っていますか?【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

実弾と空砲

「実弾と空砲の区別がつかない」。肛門の手術を受けたことがある私の知人は、自分の悩みをこう表現した。肛門の機能が落ち、おならと便の区別がしにくくなったのだ。表現はユニークだが、全くもって笑いごとではない。

 肛門は、精密機械のようによくできた臓器である。「降りてきたのは固体か液体か気体か」を瞬時に見分け、「気体のときのみ排出する」という高度な選別ができるからだ。固体と気体が同時に降りてきたときは、「固体を直腸内に残したまま気体のみを出す」という芸当もできる。こうしたシステムを人工的につくるのは不可能であろう。

 おならと便を識別できないと、生活はとても不便になる。なぜなら、毎度トイレに行って便座に座らないとおならができなくなるからだ。日頃トイレに行きづらい職業の人なら、オムツが手放せなくなってしまう。

 このような話をすると、必ず少数の人から、「私の肛門はたまに気体と液体を間違える」と指摘を受ける。確かに肛門が健康であっても、水のような液体の便は、気体と出し分けるのがやや難しいこともある。だが、その頻度は高くないはずだ。せいぜい、お腹を壊して下痢気味のときくらいだろう。「たまに」ならご愛嬌だ。

 それはともかく、肛門の素晴らしい機能は他にもある。

 直腸に溜まった便を「無意識に」せき止めておき、好きなときに排出できるという機能だ。もし直腸に少しでも便が降りてくるたび、肛門に力を入れて漏れるのを防がなければならないとしたら、どうだろうか? とても生活は成り立たないだろう。ゆっくり眠ることすらできないはずだ。

 肛門には、出口を常に締めている括約筋が二種類ある。一つは外肛門括約筋、もう一つは内肛門括約筋だ。外肛門括約筋は、自分の意図で動かせる筋肉、すなわち随意筋である。一方、内肛門括約筋は不随意筋、つまり意図とは関係なく動く筋肉である。

 肛門をぎゅっと締めるよういわれれば、従うことはできるはずだ。このとき動かすのは外肛門括約筋(と恥骨直腸筋)である。もちろん、直腸の容量に限界はあるため、十分な量の便が降りてきて直腸の壁が引き伸ばされると、排便反射によって内肛門括約筋が弛緩する(ゆるむ)。このとき、意識的に外肛門括約筋を弛緩させれば排便できる。

 乳幼児は、これらを調節する機能が未熟なため、反射的に排便してしまう。一方、成人は大脳皮質からの指令によって外肛門括約筋を収縮させ、排便しようとする無意識の反射に意識的に逆らえるのだ。

 これらの高機能な筋肉と、極めて繊細なセンサーが、私たちの日常生活を支えている。普段の生活では肛門のありがたさを実感しづらいが、実は替えのきかない優れた臓器なのである。