唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊され、たちまち3万部の大重版となった。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【魚介類を食べるときに要注意】胃や腸の壁に突き刺さる…恐怖の寄生虫アニサキスPhoto: Adobe Stock

胃や腸の壁に突き刺さる

 人間に感染する寄生虫というと、何が思い浮かぶだろうか?

 ダニやシラミはよく知られているだろう。かつて検診が行われていた蟯虫を想像する人もいるかもしれない(罹患人口が減ったため検診は二〇一四年に中止)。だが、それより身近で、かつ意外に知られていない寄生虫がアニサキスである。

 アニサキスは、二~三センチメートルほどの細長い糸のような寄生虫だ。さまざまな魚介類に寄生しており、スーパーマーケットなどで購入した魚介類を意識して見てみると、比較的簡単に見つかることも多い。アジ、サバ、サンマ、カツオ、サケ、イワシ、イカなどは、アニサキスが寄生していることの多い魚介類である。

 誤って体内に入れてしまうと、虫体が胃や腸の壁を突き破ろうとして潜り込み、強い炎症を起こして激しい痛みが現れる。この病気を「アニサキス症」という。

 生の魚介がよく食べられる日本において、アニサキス症の発生は年間七〇〇〇件以上と非常に多い(1)。毎日多くの人が、全国各地で強い腹痛によって病院に搬送され、緊急内視鏡検査(胃カメラ)で虫体を除去されるなどの治療を受けているのだ。

 アニサキス症はほとんどが胃に起こるが、小腸に起こることもある。小腸に起こったものは「腸アニサキス症」と呼ぶ。胃アニサキス症は食後数時間で起こることが多いが、腸アニサキス症は発症まで数十時間から数日かかる。食べたものと一緒に小腸に虫体がたどり着くまで、それなりに時間がかかるからだ。

 強い腹痛が特徴だが、吐き気や嘔吐を伴うこともある。また五パーセントと頻度は低いが、じんましんや呼吸困難などのアレルギー症状が起こったり、熱が出るなど全身症状を起こしたりすることもある(2)。

 胃アニサキス症の治療は、胃カメラで見ながら虫体を取り除くことである。胃カメラでは、胃の粘膜に潜り込もうとしてうごめく細い糸のような虫体を確認できる。

 一方、腸アニサキス症の場合、虫体の除去は難しい。通常の胃カメラで観察できるのは十二指腸の入り口くらいが限界で、小腸の奥深くまではたどり着けないからだ。では、どうすればいいのだろうか?

 実は、アニサキスは一週間ほど経つと自然に死滅してしまう。人間はアニサキスが本来寄生すべき相手ではないため、体内で生き続けることができないのだ。私たちと同じく、アニサキスもまた「誤って」人間の体内に入ってしまうのである。

 そこで、鎮痛薬などを使って症状を抑えつつ、自然に症状がおさまるのを待つ。ただし、ごくまれに腸閉塞を起こしたり、腸に穴が開いたりと重症化することがあるため、慎重に経過を見るのが一般的だ。

アニサキス症を予防する方法

 アニサキス症を予防するには、とにかく「虫体を食べないこと」につきる。そもそもアニサキスは、長さ二~三センチメートル、太さ〇・五~一ミリメートルと、微生物の中では「巨大」であり、その存在を肉眼で確認できる。

 細菌やウイルス感染症が恐ろしいのは、ひとえに「敵の姿が肉眼で見えないから」である。だが、アニサキスをはじめ、寄生虫には「目を凝らせば見えるサイズ」のものが多い。食べる前に魚をよく観察すれば、除去できるのである。

 実はアニサキス症の一〇~二〇パーセントで、虫体が二匹以上見つかるといわれている(3)。以前ある芸能人がサケイクラ丼を食べて胃アニサキス症になり、虫体が八匹見つかったという事例が話題になった。魚介類を食べる際はアニサキスに注意する、という意識がなければ、容易に何匹も摂取してしまうのだ。笑い話のように思えるかもしれないが、当の本人は激痛で苦しむことになってしまう。

 アニサキスは、高温にも低温にも弱いのが特徴だ。六〇度で一分以上、あるいは一〇〇度以上の加熱なら瞬時に死んでしまう。また、マイナス二〇度で二十四時間以上置いておいても死滅する(1、2)。

 一方、酸には強いため酢でしめても死ぬことはない。しょうゆやワサビをつけても生きのびるのだ。

 私たちは、飲み食いするときがもっとも無防備だ。「異物を体内に取り入れる」という一大事であるにもかかわらず、たいてい食欲に駆られて注意が散漫になっている。痛い目を見ないためにも、食べものに潜む身近な生きものの生態は、熟知しておいたほうがいいのである。

【参考文献】
(1)国立感染症研究所「アニサキス症とは」
 (https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/314-anisakis-intro.html
(2)“人間ドックの上部消化管内視鏡検査で発見された胃アニサキス症14例の検討” 古川真依子、原田明日香、金井尚子、帯刀誠、田口淳一、草野敏臣、山門實 (2016).人間ドック、31:480-485.

(※本原稿は『すばらしい人体』からの抜粋です)