「ITに、もはや戦略的価値はない」「ウェブ2.0の無道徳性」などの論文で有名な米国のテクノロジー思想家、ニコラス・カー氏がふたたび過激な書を世に問うている。今回の主題は、『THE SHALLOWS(浅瀬)』(邦題『ネット・バカ』青土社刊)。インターネットへの過度な依存が、わたしたちの脳に与える影響についてさまざまな学問を総動員して真正面から検証を試みた。ネット以前の世界を懐かしむ単純な議論ではけっしてない。電子書籍の普及などオンライン化へのシフトを不可逆的な流れとして捉え、それでもわれわれの思考が浅瀬に陥らないためには何をなすべきか、という考察に溢れている。グーグル、アップルをはぐくんだ現代米国において異彩を放つ著述家に、「ネット・バカ」論の真意を聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト、大野和基)

――あなたは、ラッダイト(イギリス産業革命時、機械化に反対して機械を壊した者たち。転じてテクノロジー嫌い)なのか?

ニコラス・カー(Nicholas Carr)
米国を代表するテクノロジー思想家の一人。「ハーバードビジネスレビュー」誌(HBR。日本語版は弊社刊)の元編集責任者。 2003~2004年にHBRなどの学術誌に「ITにはもはや価値はない」「ITが重要なのか」と題した論文を相次ぎ発表し、物議を醸す。「ITに価値は見えなくなった」「ITで先駆者になる必要はない」といった論調は、マイクロソフトやインテルなどの役員から当時猛烈な反発を招いた。現在は、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の編集諮問委員会ならびにダボス会議の運営母体である世界経済フォーラム(WEF)のクラウド・コンピューティング・プロジェクト運営委員会のメンバー。日本で出版されている著書に、『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社)『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』(武田ランダムハウスジャパン)『クラウド化する世界』(翔泳社)などがある。

 そうではない。私自身、コンピュータやインターネットを長い間使い、その恩恵を受けてきた。テクノロジーを全面的に否定などはしてない。

 私が近著『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社刊)で言いたかったことは、とにかくテクノロジーのプラスの面ばかりを見るなということだ。コストやマイナス面にも注意を払え!ということだ。

 たとえば、われわれは、単語は単語だから、オンラインで読もうが、印刷された本で読もうが、同じだとすぐに結論付けてしまう。しかし、本をテクノロジーと定義して、それをコンピュータ画面で読む場合と比較検証すると、(われわれの脳が受ける影響は)じつはかなり違うことが分かる。

――どう違うのか。

 端的に言えば、印刷された本の素晴らしいところは、われわれを“注意散漫”にさせないことだ。本を読むということは、静止した対象に向かい直線的にひたすら注意や思考を持続させなければならないということだ。だからこそ、われわれは印刷されたページをめくりながら本を読むとナラティブ(物語)に非常に深いところで関わることになり、深く議論することができるようになる。対照的に大量の競合する情報や刺激に溢れているインターネットやコンピュータ画面上で(本を読むと)まったく逆のことが起きやすい。要するに、注意散漫に陥りやすいのだ。