子どもが自信をつけたら、
あとは褒めればいい

 また、盲学校(小学校)に進級してからのこと。年に一度、普通学校との交流会が行われ、一緒に授業を受けたり、レクリエーションをしながら交流を深めます。最初こそ慣れない雰囲気に戸惑っていた伸行ですが、トコトコとピアノに駆け寄り、ドビュッシーの「夢」の演奏を始めると空気が一変しました。周囲の子どもたちは驚いた表情で「辻井君、すごいね」と口々に話すのです。伸行はサイパンの時と同じ、照れながらもとても得意そうな顔をしていました。

 この頃、伸行に「僕、目が見えたらよかったな」といわれ、心底ドキッとしたことがあります。けれども、続けて「でも、いいや。僕はピアノが弾けるから。他の子より上手に弾けるんだから」と続けて一人でうなずきました。

 こうして、伸行がピアノに関して、日々自信を深めているのがよくわかりました。伸行の人生の中で、ピアノがなくてはならない存在になってきたのです。

 家庭においても、伸行が演奏した後は「伸りん、がんばった。素敵な演奏だった。もっと聴かせて。次はどんな曲を弾かせてくれるか楽しみにしているわ!」と、常に言葉をかけてきました。別に、おだてたわけではなくて、私自身が音楽には素人でしたし、少女時代にピアノを習ったこともありましたが、とても伸行のように上手に弾けたわけではありませんでした。なぜ、右手と左手が別々の動きをするような、難しい楽器を弾けるのだろうと、心の底から感心していたのです。母になってみて、自分ができなかったことを息子がやっているわけですから、素直に感動して、自然とほめる言葉が出てきたようです。

 やがて、10歳で初めて本格的なコンクール「ピティナ・ピアノコンペティション」に、出場して金賞をいただくにあたり、プロのピアニストになるという夢が、徐々に2人の心の中にふくらんできました。

 もちろん、今までより一段と厳しい坂道を登っていくことでもあります。それは狭き門ではありましたが、何より、伸行自身の「やりたい」という気持ちを一番大事にしたかったのです。

 大人は、往々にして自分の経験で子どもに歩み方を押し付けてしまいがちです。そのほうが「安全」だと思うのでしょうが、時代がこれだけ変化し続けているのに親の価値観で道を選ぶことが、本当に「安全」なのでしょうか。むしろ子どもの自主性を育てないことのほうが「危険」だと感じます。

 自分の人生を切り開く自主決定力を子どもに育むことで、豊かな未来を子どもは獲得していくのではないでしょうか。

 最初からあきらめてしまっては、未来への扉は開かないのですから。