仮想通貨ビットコインを支える「ブロックチェーン」が、どのように世界を変えるかを解説した決定版『ブロックチェーン・レボリューション』。その出版にあわせ、同書の第1章「信頼のプロトコル」の一部を公開するシリーズの第2回。タイトルはNetscapeの開発者にして超大物VCであるマーク・アンドリーセンの言葉です。
ブロックチェーンとはいったい何なのか
銀行や政府も、ブロックチェーンを使って従来の情報管理のやり方を一新しようという取り組みを始めている。そうすればスピードが上がり、コストが削減でき、セキュリティが向上し、間違いが減り、集中管理をやめることで攻撃や障害にも強くなるからだ。そういう利点は、暗号通貨自体を使わなくても実現できる。
ただしブロックチェーンの真骨頂は、やはりサトシ・ナカモトが考案したビットコイン・モデルだ。ブロックチェーンを使った画期的なサービスはすべて、ビットコインのしくみをベースにつくられている。
ではビットコインとは、どんなしくみなのか。簡単に説明しよう。
ビットコインはバーチャルな通貨だ。どこかにコインの実物があるわけではないし、ファイルとしてサーバーに保管されているのでもない。ブロックチェーンに記録された取引がすべてだ。ブロックチェーンとはあらゆる取引が記録された世界規模の帳簿のようなもので、大規模なP2Pネットワーク(サーバーを介さず、個々の参加者が対等な立場で直接やりとりするネットワーク)に支えられている。このネットワークの参加者たちが取引の正しさを検証し、承認する。
ビットコインのデータはブロックという形で記録されている。ブロックとは、一定時間内におこなわれた取引データをひとつのかたまりにしたものだ。ブロックは約10分にひとつつくられ、過去のブロックの後ろにどんどん追加されていく(そうして鎖のようにつながるのでブロックチェーンという名がついた)。
ブロックチェーンの主な特徴は、まず分散されていること。中心となるデータベースが存在しないので、乗っ取ろうとしても無駄だ。ブロックチェーンは世界中の参加者たちのコンピューターで動いているので、1台がだめになってもほかでカバーできる。
もうひとつ大事な特徴はパブリックであること。ネットワーク上に置いてあるから、いつでも誰でも自由に見られるし、データの正しさを検証できる。どこかの機関が大事に管理しているわけではないということだ。
さらにブロックチェーンには、暗号技術を利用した高度なセキュリティが備わっている。公開鍵と秘密鍵という2種類の鍵を利用して、自分の資産を確実に守ることが可能だ。ビットコインのブロックチェーンでは、取引データが個人情報と結びつかないので、大事な情報が盗まれたり流出したりする心配もない。
ビットコインのネットワークではおよそ10分ごとに、まるで心臓の鼓動のように、情報が更新されて新たなブロックが誕生する。新たなブロックには以前の取引記録のダイジェストが含まれており、少しでも矛盾があれば正当なブロックとは認められない。いつの時点でどのような取引がおこなわれたかという記録が恒久的に残り、ひとつを変えようとすれば前の記録と整合性がとれなくなるので、データを改ざんすることは不可能に近い。みんなが見ている前で、いくつものブロックを書き換える必要があるからだ。
ブロックチェーンにはどんな取引だって記録できる。たとえば個人の出生や結婚、不動産の権利、出身大学、金融口座、入院・通院、保険金請求、選挙の投票、食品の生産地など、そこに何らかの取引があればブロックチェーンに記録することが可能だ。
この新たなプラットフォームが普及すれば、あらゆることをリアルタイムで電子的に照合できる。近い将来、身のまわりの製品がすべてインターネットに接続され、人間の指示がなくても自分で必要な電力を調達したり、大事なデータをシェアしたり、さらには健康管理から環境保護まで何でもやってくれるようになるだろう。そのためには取引の正確な記録が欠かせない。あらゆるもののインターネット(Internet of Everything)は、あらゆるものの記録(Ledger of Everything)の上に成り立つのだ。
なぜ記録なんかにこだわるのかって?
真実は僕たちを自由にするからだ。
分散型の信頼システムは、あらゆる場面に応用できる。絵や音楽を売って生計を立てたいとき。ハンバーグの肉が本当はどこから来たか知りたいとき。海外で働いて稼いだ金を、高い手数料をとられずに祖国の家族に送金したいとき。地震の復興支援に来て、崩れた家を建て直すためにその土地の持ち主を知りたいとき。政治の不透明さにうんざりして真実を知りたいとき。ソーシャルメディア上のデータを他人に利用されたくないとき。
こうして書いているあいだにも、イノベーターたちはそれを実現するために、ブロックチェーンを使ったアプリケーションを着々と開発している。そしてこれらはまだ、ほんの序の口だ。
世界中がいまブロックチェーンに注目している
ブロックチェーン技術の影響力を思えば、優秀な人たちが続々とこの世界に惹きつけられているのもうなずける。
ベンジャミン・ロースキーはニューヨーク金融サービス局の局長という地位を捨て、ブロックチェーン技術のアドバイザリーを専門とする会社を立ち上げた。彼は言う。
「今後5年か10年で、金融システムは今とは似ても似つかないものになっているかもしれません。僕はその変化に関わっていたいんです」
JPモルガンで投資銀行部門のCFOやグローバル・コモディティーズ部長を歴任したブライス・マスターズも、ブロックチェーン技術にフォーカスしたスタートアップを立ち上げて業界を変革しようとしている。2015年10月のブルームバーグマーケッツ誌は「ブロックチェーンがすべてだ」という見出しで彼女の事業を特集した。エコノミスト誌も同じ時期に「信頼のマシン」という特集を組み、「信頼の長い鎖」であるブロックチェーンが「経済のしくみを変えてしまうかもしれない」とコメントしている。
大手の金融機関も、こぞって超一流の技術者をかき集め、ブロックチェーンの調査に取り組んでいる。安全でスムーズでリアルタイムな取引というアイデアは銀行にとって大きな魅力だ。ただし、オープン化、分散化、新たな通貨というアイデアには顔をしかめる向きも多い。実際、金融業界ではブロックチェーンを「分散台帳技術」と呼び替え、クローズドなチェーンを構築する動きが進んでいる。ブロックチェーン技術の都合のいいところだけを取り入れ、限られた人しか利用できない形で運用しようというわけだ。
投資家たちもブロックチェーンに目を光らせる。2014年と2015年だけで10億ドル以上の資金がブロックチェーンのスタートアップに流れ込み、その勢いは1年で倍増した。マーク・アンドリーセンはワシントン・ポスト紙のインタビューで次のように語っている。
「20年後にはここに座って、いまインターネットのことを語るような感じでブロックチェーンのことを語っているでしょうね」
各国当局もブロックチェーンの調査を開始し、法規制が必要なのか、どのような制度がふさわしいのかを模索しているところだ。ロシアなどではビットコインの使用が厳しく規制されているが、通貨危機を経験したアルゼンチンのような国ではかなり積極的な動きも見られる。賢明な国々はすでに多額の資金をつぎ込んで、中央銀行制度や通貨のしくみ、さらには政府や民主主義のあり方まで変えてしまうかもしれないブロックチェーンという技術を理解しようと努めている。カナダ銀行のキャロライン・ウィルキンス上級副総裁は、各国中央銀行が通貨の電子化を真剣に検討すべき時期に入っていると語った。イングランド銀行のチーフエコノミストを務めるアンドリュー・ホールデンも、電子通貨の導入をイギリス政府に進言している。
これだけブロックチェーンが盛り上がれば、当然ながら投機家や犯罪者も集まってくる。ビットコインと聞いて、まずマウントゴックスの破綻事件を思い浮かべた人も少なくないだろう。武器や麻薬を売買する闇サイト「シルクロード」の決済手段にビットコインが使われていたことも話題になった。ビットコイン市場はかなり荒っぽい値動きをしているし、残高が一握りの人に集中しているという問題もある。2013年の調査では、たった937人で世界のビットコインの半分を保有しているという結果が出た。この状況は変わりつつあるとはいえ、まだ十分ではない。
どうすればポルノや詐欺のイメージを脱却して、本当の豊かさを生みだせるのか?
まず言っておきたいのだが、僕たちが注目しているのはビットコインという通貨そのものではない。もっとずっと大きなものだ。ビットコインはいまだ投機的な資産にすぎないけれど、それを支える技術プラットフォームには計り知れないパワーと可能性が眠っている。
もちろん、ビットコインや暗号通貨が取るに足りないと言っているのではない。暗号通貨の存在は革命の必須要素だ。ブロックチェーンの本質は何よりも、価値の(とくにお金の)交換にあるのだから。