こういう指摘をすると、直ぐまた「反日主義者」などとヒステリックに反撥する輩(やから)が出てくるが、私は幕末史の実相をあからさまにしてこの社会のこれからを考えようとしているのであって、平成という今の政治感覚で「反日主義者」「左翼」などという古臭いレッテルを貼るという行為に賛同はできない。
また、維新の精神的支柱とまでいわれる吉田松陰が、事あるごとにどれほど暗殺を主張したか、それゆえに当の長州藩が如何(いか)にこの男に手を焼いたか、はたまたどういう対外侵略思想をもっていたか、もうそろそろ実像を知っておくべきであろう。
もし、己の政治信条や政治的欲求を実現するためにはテロもやむなしという立場を肯定するならば、彼らを内輪だけで志士と呼んで英雄視するのもいいだろう。
しかし、正史として彼らを英雄視することはできず、私は、テロリズムは断固容認しない。
テロを容認しないことが、当時も今も正義の一つであると信じている。
従って、彼らを志士と評価することなどあり得ようはずがなく、テロリストはどこまでもテロリストに過ぎない。
そのテロの実態については、前述の『明治維新という過ち』などを参照していただきたい。
「復古!」「復古!」と喚き、奈良朝以来の伝統的な仏教施設を暴力的に破壊する「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」という歴史的にも恥ずべき文化破壊活動を繰り広げた維新新興勢力が、後世にでもこれを恥じたかと問えばそういう事実はない。
世代(よがわ)りとは、動乱を伴うものである。
そして、動乱とは武力によって成立するものであるから、後世からみればそういう愚かなムーブメントが一時的にせよ社会を支配することは、避けられないことかも知れない。
しかし、仕方がないでは済まされない、回復不能な文化的損失が甚大であったことを、この先も忘れてはいけないのだ。
「復古」とは、そもそも「王政復古」という国学者の唱えた政治スローガンがもたらした時代の気分であった。
そして、維新や幕末といわれる一定のスパンをもつ時代の台風の目が、「王政復古」であり「大政奉還」であった。