『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』を世に送り出した人気ブロガー・ちきりんさんが、私たちを取り巻く「忙しさの本質」に迫った新刊『自分の時間を取り戻そう』。本のなかで「高生産性シフト」が起きると説くちきりんさんがその典型例として挙げている企業が、全世界でシェアリングエコノミーを推進している自動車配車サービスのUber(ウーバー)です。
そこで今回よりUberJapan執行役員社長の高橋正巳さんをお招きした特別対談をお送りします。(構成:平松梨沙 撮影:梅沢香織)

「あのときUberがあったら……」

ちきりん 実は私、Uberは利用したことがないんです。このところラオスだパラオだチュークだと、タクシーさえ走ってないような国ばかり訪ねているので。でも「Uberの便利さはすごくよくわかるし、日本でも早く普及してほしい!」と強く願ってて、SNSやブログでも、それから今回の新刊『自分の時間を取り戻そう』でも高生産性シフトが始まる社会の典型例として紹介しました。利用者でもないのに、こんなにUberをプッシュしてる人は珍しいかも(笑)。

高橋正巳(以下、高橋) え、まだ使われていなかったんですか(笑)。それなのにこんなにお薦めしていただいて、ありがとうございます。

高橋正巳 (たかはし・まさみ)
Uber Japan執行役員社長 米シカゴ大学を卒業後、2003年ソニーに入社。本社、パリ勤務、INSEAD(インシアード)でのMBA取得を経てサンフランシスコでM&A案件を担当しているときにUberに出会う。2014年同社に入社し、日本法人の執行役員社長に就任。

ちきりん 会社員時代は欧米を中心に出張を繰り返す生活だったので、「あのときUberがあったらどんな便利だっただろう……」とすごく悔しくて。あと、日本の地方を旅行するのも好きなんですけど、そういうときも「Uberがあったら、もっとたくさんの場所を訪ねられるのに」と。だから使ってないけど、その便利さはすごくよくわかるんです。
 ところで高橋さんは、どういう経緯でUberに入社したんですか?

高橋 私自身は、Uberに入社して3年になりますが、それまではずっとSONYにいました。本社で4年勤めた後にフランスに赴任して3年働き、現地でビジネススクールに1年、その後サンフランシスコに3年弱という具合です。サンフランシスコではシリコンバレーでのSONYの投資案件や買収・売却案件を担当しました。そこで、たまたま知人経由で声がかかったんです。

ちきりん そのときから、Uberを利用していたんですか?

高橋 そうですね。僕がUberを初めて利用したのは2012年でした。サンフランシスコの野外音楽フェスからの帰りに、友人がUberで車を呼んでくれたんです。その頃はサービスを開始したばかりだったので、僕も他の友人も、その友人がケータイをいじっているのを「なんだなんだ」と眺めていました。

ちきりん シリコンバレーでも最初はそんな感じだったんですね。

高橋 すぐに車が来て、すでに行き先に設定してある彼の家まで乗せてくれる。しかも代金を精算しようとしたら、彼のケータイにメールで領収書が届く。非常にシームレスで、「これはすごい!」と感動しました。あのときのワクワク感やドキドキ感が、今の仕事につながっていますね。その後、自分でも積極的にUberを使うようになりました。

ちきりん その原体験から日本法人の社長というポジションにつながってるのがすごい。

高橋 それからもUberを使うたびに、「Uberが日本で普及するならどういう使われ方をするのかな」とか「日本の祖母の送り迎えに使えたら便利だろうな」とか、ローカライゼーションの仕方などを考えていたら、たまたま声がかかって。これはおもしろそうだと誘いに乗ったんです。

高橋社長の日本への思い

ちきりん でも、SONYでもグローバルに活躍されていたわけじゃないですか。未練はなかったですか?

高橋 もちろん当時はSONYの一員として、シリコンバレーと日本をうまくつないで、すごいヒット商品を生み出すのに貢献したい!というテーゼを持って仕事に打ち込んでいました。
 ただ逆に、日本に今ないものを持ちこむことが刺激になるな、とも考えていました。その結果として、日本企業から日本らしさを活かしたいいモノ、いいサービスが出てきたら嬉しいという気持ちもあって。「日本を元気にしたい」という思いが、Uberでの仕事を通して実現できると考えたんです。

ちきりん ……もしかして、高橋さんって帰国子女?

高橋 あ、そうです。

ちきりん やっぱり! おっしゃることが「Typicalな帰国子女の言葉だな」と(笑)。

高橋 小さい頃から海外で暮らしていて、クラスに日本人は私1人……というようなことも多かったので、ずっと日の丸を背負っているような感覚はありますね。SONYに入社してからも、海外に行くたびに「なんでiPodがSONYから出なかったんだ」というような話を周囲にされるんです。それがすごく悔しくて。日本という国のすばらしさを知ってますから。

ちきりん 海外に外国人として住んでいると、日本人としてのアイデンティティを強く求めるようになりますよね。あと、自分の国を回りの人に「わかってほしい」という気持ちも強くなる。

高橋 はい。日本の良さや価値を世界に知ってほしいという思いはずっとあります。一方で、世界で支持されているけれど、まだ日本に浸透していないものの良さを伝えたい、という気持ちもありました。それがまさにUberでした。

ちきりん なるほど。先ほども言いましたが、私は20年近くアメリカ系企業の日本支社に勤めていて、その間1年に10回とか海外出張に行ってたんです。しかも1人で大きなスーツケースを抱えてニューヨーク、ボストン、ピッツバーグ、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、そこからさらにロンドン、オランダ、フランスのフォンテーヌ・ブロー……と各地を延々と回るような出張をするんです。でもどこでも動くための足、タクシーがなかなか確保しにくくて。

高橋 ビジネススクール時代に暮らしましたけれど、フォンテーヌ・ブローなんかはかなり郊外ですからね。

ちきりん 小さくて素敵な街ですけど、車がないと不便ですよね。都市間の移動以外にも、ホテルからちょっと外にごはんを食べに行くときにだって、足がほしいじゃないですか。Uberのようなサービスがあったら当時どれだけ楽だっただろう、と心から思います。
だから日本での普及にこんな時間がかかってしまうのがほんとに不思議で。しかもライドシェア事業である「UberX」(※)は行政から未だにOKが貰えてないんですよね? これ、2020年の東京オリンピックの時に普通に使えなかったら結構ヤバいんじゃないの? と、思うんですけど

※現在日本でUberが主に行なうのは、独自に契約・提携したハイヤーを配車するサービス(UberBLACK)。個人が所有する乗用車を配車し、ライドシェア(相乗り)を成立させる「uberX」が世界的な主流だが、日本ではまだ解禁されていない。

企業理念は「Celebrating Cities(都市をたたえる)」

高橋 Uberはシェアリングエコノミーを推進するだけでなく、土地勘のない場所や、公共の交通機関があまり発達していない場所、そして言葉がわからない場所での移動を快適にできるサービスです。2020年までにもっと浸透させていきたいですね。

ちきりん 今、世界での規模はどれくらいなんですか?

高橋 世界中で1日に500万乗車くらいされていますね。もちろん日本でも乗車数を拡大していきたいですが、それだけでなく、どういう付加価値をつけていくかにもこだわりたいです。また、海外と違うチャレンジをすることも大切だと思っています。たとえば、フードデリバリーサービス「UberEATS」の展開の仕方も、海外とちょっと違うんです。

ちきりん Uberに登録した個人が配達員になって、いろんなレストランのメニューをデリバリーしてくれるサービスですね。

高橋 海外だと、ふだんは配車サービスのドライバーをしている方に、「昼はランチを運んでみませんか?」と提案して配達員をやっていただくことが多いです。ただ、東京の交通事情だと自転車や原付で配達したほうがいいこともあって、ドライバーとは別方面で配達員を確保しています。
 今後うまくいったら、配車サービスをしていないところで先にUberEATSを始めるという展開もあり得ます。都市の特性にあわせたサービス……「Celebrating Cities(都市をたたえる)」というのが我々の企業理念なんです。

ちきりん 「Celebrating Cities」かあ。かっこいいスローガンですね。 Uberが都市に提供できる価値って、都市の規模によって大きく変わりますよね。東京と、人口30~40万人くらいの地方都市、それに、もはや公共の交通機関がなくなりかけている過疎の町では、求められている移動手段も全然違うでしょ?

高橋 ええ。ただ、いずれにしても大切なのは「持続可能である」ということです。たとえば、コミュニティバスの類いは、自治体が負担している部分が大きいのですが、高齢者が増えていって税収が下がっていくと長期的な持続は難しい。

ちきりん 1回100円のコミュニティバスとかですね。なのに6人くらいしか乗せずに運行してて、いったいどんだけ税金を投入してるんだろうという。

高橋 利用者目線ではいいのかもしれないですが……。でも、Uberであれば、すでにある車や人々の空き時間を活かすことで、持続可能な仕組みができるのではないかと考えています。

ちきりん 京都の京丹後市での「ささえ合い交通」や、北海道の中頓別町で実験を始められた「なかとんべつライドシェア」がまさにその例ですね。あれは東京では認められていない、一般のドライバーの方が空き時間に客を乗せるというサービスだと理解してます。バスや地下鉄どころかタクシーもほとんどいないようなエリアでの実験。

高橋 おっしゃるとおりで、タクシー会社が撤退したような過疎地に入って、昼間空いている車や人の時間を使い、お年寄りなどの移動を助けています。

シェアリングエコノミーは「地方創生」にもつながる

ちきりん 私が信じられないのは、Uberがこのエリアでそういう取り組みをしますよと発表すると、儲からないからと撤退したはずのタクシー会社が急に戻ってきたりすること。あれじゃあ、ただの嫌がらせじゃないですか?(笑) 

高橋 いやいや(笑)。まずは、知っていただいて、使っていただくのが大切だと思っています。たまたまニュースで聞いただけですと、やはり反発もあるでしょう。
 でも実は今、京丹後や中頓別での事例を見たいくつかの自治体からコンタクトをいただいているんですよ。みなさん、過疎化や高齢化については共通の課題をお持ちなので。

ちきりん 向こうから声がかかってるんですね? それはスバラシイ。車が運転できなくなった高齢者の移動手段がなくて困ってる全国の自治体の担当者の方、どんどんUberさんに話を持ちかけてください!(笑) 決められた時間に決められたルートを走るミニバスよりはるかに使い勝手もいいしコストも安い。

高橋 それだけでなく、高齢者による交通事故も増えています。そういったことを1つひとつお話しながら、地域の課題と弊社のサービスを組み合わせていくんです。

ちきりん たしかに。高齢者の運転ミスによる事故、増えてますもんね。その対策にもなるってことか。本音でいえば、そういうサービスが必要だと思っている自治体はたくさんありそう。いまは規制されているUberXですが、こんなに地方創生につながる話は他にないのに、なんで地方でさえ規制するのか。地方を活性化したくないのかしら。

高橋 移動が便利になることで地域全体が活性化するというのは、ありますね。日本が他の国に先駆けて直面している高齢化という課題を、こうした世界からの刺激によって解決していく。これが私がやりたいと思っていた仕事なんです。

ちきりん 私、日本の地方への旅行も結構好きなんで年に何度も出掛けるんです。でもホントに不便で。公共交通機関はほぼ死滅してるのにタクシーは駅前にしかいない。レンタカーを借りて自分で運転しようにも道がわからない。初めての地域だと、タクシーを呼ぼうにも場所の説明もできない。地方で個人のための交通状況が改善したら、住民の暮らしが便利になるだけでなく、観光客ももっと増えると思うんですよね。

高橋 そういう需要ももちろんあるでしょうね。今のところは東京ではハイヤー配車、UberEATSの2つの事業に注力し、地方については京丹後と中頓別での取り組みに絞っていますが、「オンデマンドで好きなときにモノや車が頼める」というカルチャーがもっと広がれば、弊社のサービスにも広がりと多様性を出していけるはずです。

※この対談は全3回の連載です。 【第1回】 【第2回】 【第3回】