諸刃の剣と言える
「感情的正義」に気をつけろ

 罪状がはっきり特定されないまま「悪者」に仕立て上げられた朴氏を攻撃することによる「勧善懲悪感」や、誰が使ったか検証されていない毒ガスの手当を受けるかわいそうな子どもたちの衝撃的映像は、理論的、論理的な正義判断を凌駕して、感情的な正義判断を助長する。

 実は多くの革命は、こういった感情的な正義によって行われてきた可能性が高いと筆者は感じており、歴史の流れにおいて感情的正義の果たす役割は大きいと感じている。

 だがその一方で、韓国やアメリカを見るに、筆者はこの状況は好ましくないと思っている。民主主義が浸透し、国民主権が当たり前となれば、為政者にとっては、感情を煽ることで正義をふりかざすのが最も手っ取り早い。しかし、感情は一時的なものだ。後になって間違いに気づくことも多い。しかし政治的決断の場合、それはもう手遅れになることが多いのだ。

 最近の研究では、セロトニントランスポーターやオキシトシン受容体といった脳内物質が、これら感情と論理の正義判断傾向に影響を及ぼす可能性のあることが、わかってきている。つまり、脳の状態によって、我々は簡単に感情的正義に流されもするし、論理的に正義を考えることもできるということだ。

 国際情勢が荒れている今こそ、冷静になることが必要だろう。「気持ちいい」「溜飲がさがる」という感情を全面的に否定するわけではないが、その前に必ず一度、冷静になって判断することが、我々一人ひとりに求められている。そうしないと民主主義は、衆愚政治へと堕ちてしまう。そして後になってそれに気づいても、もう遅いのだ。