「そりゃまあ、うつかもしれないけど、今、会社を休んで病院に行けるわけがないよ」

 出版社に勤める知人のAさん(38歳)は、ぼそっとつぶやいた。

 いつでも忙しそうなAさん。メールが届くのはたいてい真夜中だし、週末も仕事をしているらしく、よく勤務先からファクスが送られてくる。あきらかに睡眠不足らしく、会うとたいてい目が真っ赤だ。

 最近では、何をするにもおっくうで、気持ちがふさぎ、ときどきわけもなく悲しくなってくるという。とくに午前中はだるさがひどく、這うようにして会社には出てくるものの、ほとんどゾンビと化しているそうだ。

 「なんでも、2週間以上そういう状態が続いていると、うつの可能性が高いんでしょう? 病院に行かなきゃいけないんだろうけど、今、仕事を休めるわけがないしね。うちは小さな会社だし、人手が足りないから」

10人中9人が
「受診しない」という現実

 うつらしき症状が2週間以上続いていても、「専門科を受診しない」という人は、10人中9人いる――

 こんなショッキングな事実が研究の結果、明らかになっている。調査を行なった真生会富山病院心療内科の山藤菜穂子氏に詳しい話を聞いた。

 「平成14年度厚生労働科学研究費による疫学調査では、うつ病経験者の4分の1しか受診していないことがわかっています。そこで我々は2004~2005年、621名の会社員を対象に調査を行ないました。その結果、症状が2週間続いた場合に専門科を受診するか、と尋ねたところ、『はい』と答えた人は8.3%。残りの91.3%が『いいえ』と回答しています。また、うつの可能性が高い高うつ群でも、専門科を受診するという人は、60人中、たった5人でした」