「株価連動政権」とも称されてきた安倍政権にとっては、株高に向けて国内外から追い風が重なり、願ってもない相場環境が構築された結果、今回の新記録がもたらされることになった。

旧民主党政権時代の終盤から
日本経済は上向き始めていた

 振り返ってみると、2012年12月の第2次安倍政権の発足時から、アベノミクスの「強運ぶり」を指摘する声は少なくない。

 野田佳彦前首相が12年11月、安倍晋三・自民党総裁(当時)との党首討論で解散を表明したが、当時はちょうど景気が底をつけつつある局面にあった。現在も続く景気の拡大局面は、第2次安倍政権が発足した12年12月に端を発する。

 これはもちろん、アベノミクスの効果がいきなり同月に現れたのではなく、旧民主党政権時代の終盤に日本経済が上向き始めていたことを示している。

 アベノミクス「第一の矢」として投入した、日本銀行の大規模な金融緩和にしても、決定当時の13年は米国が量的緩和からの出口を探り始めた時期と重なった。それによって結果的に円安が加速し、大企業の業績改善につながった。

 さらに、13年9月には20年の東京五輪の開催が決定。14年秋口から進んだ原油安は、物価目標2%達成への観点からは逆風となったものの、輸入コスト減の恩恵を受け、株式市場にとっては金融緩和長期化の思惑がむしろ株高材料とも捉えられた。

 そうした経緯を踏まえて迎えたのが、今回の衆院選だ。森友・加計学園問題を覆い隠す「大義なき選挙」として、当初は安倍首相への批判が少なくなかった。

 さらに、民進党と希望の党が合流するなど野党も攻勢をかけたが、小池百合子氏の「排除」発言を皮切りに支持を失っていくと、選挙後は同氏こそが「与党大勝の立役者」とまで言われる始末。安倍首相も一時は肝を冷やしたと言われるが、結果的にはまたもや「強運」を見せつける結果となった。