飯島から商号変更について聞いた村井は、あまりに深刻そうな飯島の表情を見て、その場で「もう9月から(大会名を)変えましょう」と言ってしまったという。

「ヤマザキナビスコカップ」から「ルヴァンカップ」への変更は急ピッチで進められた

「周りは完全にビックリしたと思うんですよ。全てナビスコで準備して、刷り物も刷り上がり、看板の発注とかも済んでいてノックアウトステージに向かうっていうのがあったので」

 大会名の切り替えに伴う印刷物などの発注業務を担当した、出井宏明・現Jリーグメディアプロモーション代表取締役社長はその時のことを述懐する。

「飯島社長からいろいろご配慮いただいて、長年続いている大会であるのは分かっています。しかし、大会の途中でロゴを変えるっていうのはやっぱりありえないだろうっていうのは常識的な判断で、モンデリーズ社側を含めて確認をとっていただいて基本的に『今年1年はナビスコでいきましょう』ということで、我々現場サイドは了解していたわけです」

 進行中の大会の名称を変えるということについては、飯島も「そんなことはできないだろう」と諦めていた。

「2月12日に東証(東京証券取引所)で商号変更の記者会見を親会社の決算報告と同じ場所でやりましたので、社名が変わるということについてはその時点で公にしていたわけです。しかし、大会開催期間中の変更は無理だろうと思っていたんですね。だから2016年11月の決勝戦まではナビスコカップで行くのだと考えていました」

 これは、モンデリーズ社にとって悪い話ではなかった。というのも、9月以降は「ナビスコ」という名称の使用権はないものの、Jリーグに提供するスポンサー料はヤマザキビスケット社持ち。つまり、タダでモンデリーズ社のナビスコを宣伝してくれるようなものだからだ。

「大会名についてはモンデリーズにも確認を取りました。本来であれば、9月からは名前を使えないのですが、決勝まで使うということで了承を取り付けていたわけです」(飯島)

 ヤマザキ側からしてみれば、ナビスコというブランド名を使うことは、“敵に塩を送る”行為であり、飯島からしてみれば忸怩たる思いだったに違いない。それでも飯島が決勝までの名称使用について根回ししておいたのは、Jリーグ側に迷惑をかけたくなかったから。そして進行中の大会名の変更は不可能だろうと考えていたからだ。