この傾向は、学問の研究やプログラミング、デザイン、あるいは料理のような技芸、さらにはビジネスにあっても、同様なのではないだろうか。

 ちなみに、再びプロ将棋の世界を見ると、一流棋士にあって、生涯で勝率が最も高いのは20代半ばから後半くらいであることが多く、突出した実績を持つ棋士でも45歳前後から勝率が大きく(1割以上)落ちることが多い。

 何らかの分野に素質のある個人がいるとして、生涯で達する最高レベルが同じでも、早くに高いレベルに達すると、高レベルの能力をより長く使えるのではないか。

 加えて言うなら、できるだけ早い時期から集中的なトレーニングを施し、トップレベルで競う場を与える方が、より高いピークの能力を獲得することができるのではないか。

 近年、「LIFE SHIFT」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村千秋訳、東洋経済新報社)という書籍が注目を浴びて、政府も「人生100年時代構想会議」を立ち上げるなど、人間の高齢期をいかに有効活用するかに注目が集まっている印象を持つ。

 しかし、「高齢者の活躍」自体はいいことだと思うが、それと同等、あるいはそれ以上に、若年者の潜在的能力を最大限に伸ばすことが重要なのではないだろうか。

 情報伝達と、競争のスピードが共に拡大した今日にあっては、高齢者の数十パーセントを労働力として数年余計に使えるようになることよりも、世代人口の1%よりもずっと少ない少数であっても、世界トップレベルの才能を最大限に有効活用できることのプラス効果の方が、社会にとってはより大きな効果をもたらす可能性が大いにある。

 もちろん、高齢者と、若年者の両方を有効活用することが、社会にとって望ましいのだが、後者の有効活用に対する施策と議論が、いささか不足しているのではないだろうか。

よい「飛び級」制度の設計

 端的に言って、勉強ができる子どもには、柔軟な「飛び級」のチャンスを与えたい。また、勉強には不向きでも、他の分野に才能のある子どもが、不向きな学校の勉強に時間とエネルギーを取られることなく、しかし、将来学歴がハンディキャップになることを心配せずに済む「キャリア設計」ができないものか。