でも、先進国では学校を出たばかりの低スキル労働が製造業の工場に吸収され、そこで人的資本を蓄積して賃金が徐々に上がっていくという話だった。

 それが分厚い中間層を生み出していたわけですが、そうした中間的な賃金の仕事がなくなり、結果的に、比較的高い賃金の仕事と比較的安い賃金の仕事が増えている。これは欧米でも日本でも起こっていて、各国の政治が不安定化する原因になっています

橋本 非正規の巨大な群れができたときに、最低賃金の保証と所得再分配がないと。人々は将来が不安だからわずかな余剰が出ても貯金するので消費に回らない。今の景気が良いとは思いませんが、消費は低迷したままです。格差拡大が景気の改善を阻む「格差拡大不況」の状況がずっと続いているんじゃないでしょうか。

【仮説(2)】
就職氷河期世代が社会のコストになる

河野 少子高齢化は70年代半ば以降の婚姻率・出生率の低下が原因とばかり考えられていますが、理由はそれだけではない。就職氷河期に当たった団塊ジュニアは、就職が非常に厳しく、非正規になった人が多かった。正社員になれても不況期に就業すると、望んだ職種や企業に勤められないから、すぐに転職して就業期間も短くなり、人的資本の蓄積も進まない。だから所得が増えません。

 その結果、結婚が遅れたり、できなかったりする。ある程度年を取って、所得が増え、経済的に出産が可能になっても、今度は、生物学的な限界もあるので第2子を持つことが難しくなる。結婚した夫婦でも2人の子どもを持てなくなっています。われわれが期待した「第3次ベビーブーム」が起きなかった原因はそこにあるんでしょうね。

「階級社会」に突入した日本、格差を拡大させた3つの仮説氷河期世代に正当な賃金が払われるべきはしもと・けんじ/1956年生まれ。東京大学教育学部卒業。現在、早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)。主な著書に、『階級社会』『「格差」の戦後史』。“副業”として居酒屋事情にも詳しい。

橋本 そうですね。実は、アンダークラスの主力部隊がこの氷河期世代です。近現代の日本で、初めて貧困であるが故に結婚して家族を構成して子どもを産み育てることができないという、構造的な位置に置かれた人が数百万単位で出現した事実は非常に重いです。

 しかも、上の世代がまだ50歳ですから、あと20年くらい働き続けるかもしれない。その下の世代まで含めると、最終的にはアンダークラスが1000万人を超えると思っています。そのとき、ようやく一番上の人が70歳になり生活保護を受けるようになって、定常状態に達するというのが私が予想する近未来の日本なんです。

河野 一方で、氷河期世代は今や働き盛り。就業者全体の3割に上るボリュームゾーンです。労働経済学者がフォーカスしているのは、氷河期世代は人的資本の蓄積が十分ではなく、前の世代に比べると賃金が低いことです。

橋本 ただ、私はあまり人的資本の話を強調したくはないんです。大学を出たときから人的資本は増えていないかもしれない。だけど、基本的な労働力は持っているわけで、それに対する正当な賃金が払われていない。生活ができる賃金は与えられてしかるべきだし、これらの人々が退職したときに基本的な生活ができるだけの社会保障は与えられるべきですよね。そういう制度が整っていないことが一番大きな問題なのです。