タイヤ脱落による事故の責任を負わされた運送会社が、リコール隠しの疑惑を抱えた巨大自動車会社に、捨て身の戦いを挑む――。豪華キャストが集結し、6月15日公開となる映画『空飛ぶタイヤ』は、ベストセラー作家・池井戸潤さんにとって初の映画化作品となる。池井戸さんの数あるベストセラー作品の中でも特に人気の高い本作の主人公は中小企業の社長だが、実は池井戸さん、中小企業を専門にM&A、事業再生のコンサルティングを手がけるアドバンストアイ株式会社の社外取締役として、今もビジネス界に参画している。映画公開を記念して、作品と事業に込める思いを語り合った同社社長・岡本行生さんとの対談を前後編でお届けする。(構成/大谷道子、撮影/佐久間ナオヒト)

『空飛ぶタイヤ』6月15日(金)全国公開 ©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会

『空飛ぶタイヤ』は信念を問われるドラマ

池井戸潤(いけいど・じゅん)
作家。︎1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年、『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年、『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年、『下町ロケット』で直木賞を受賞。代表作に半沢直樹シリーズ(『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』)、花咲舞シリーズ(『不祥事』『花咲舞が黙ってない』ほか)、『シャイロックの子供たち』『民王』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『アキラとあきら』などがある。14年6月より、アドバンストアイ株式会社社外取締役。

池井戸 映画『空飛ぶタイヤ』、もう観てくださったそうですね。

岡本 はい、試写で拝見しました。主人公の運送会社社長・赤松を演じた長瀬智也さんをはじめ、キャストの皆さんの迫真の演技にグッときたのと同時に、もし僕が実際、あの会社の社長だったら? ということを、やはり考えてしまいました。

 不幸な事故が起こったとき、まずは真摯に被害者に謝罪することに向き合わなくてはならないわけですが、矢面に立って謝罪を続けながら、自分の社員たちを信じて巨大企業の不正を突き詰めていく、赤松社長のような強い気持ちを持ち続けることができるかどうか……。

池井戸 同じような事故を起こした全国各地の運送会社に、「詳しいことを教えてくれ」と、わざわざ足を運んで調査するとか、実際にはなかなかできないことですよね。

岡本 そうですね。仕事柄、多くの中小企業を見ていますが、社の存亡と社会正義の遂行がかかった苦しい立場に立たされたときに、あれほど辛抱強く真相究明をし続けられる会社は少ないのではないかと思います。自動車会社から提示された和解金に心が揺らぎ、現実的な手段で解決してしまう経営者も多いだろうと。

 でも、そうした短期的な決断をすることで、企業として、人として失ってしまうもののほうが、実は大きいのかもしれない。小説を先に読ませていただいていましたが、『空飛ぶタイヤ』という作品はそのことを問いかけているんだろうなと、映画を見てあらためて感じました。

飲み友達から相談役へ

池井戸 岡本さんと知り合ったのは、もう10年以上前になると思います。共通の友人の紹介で、最初は飲み友達だったんですよね。

岡本行生(おかもと・ゆきお)
アドバンストアイ株式会社代表取締役社長。1968年香川県生まれ。東京大学理学部情報科学科卒業。証券会社に入社し、95年、ペンシルベニア大学ウォートンスクールに留学。MBA(アントレプレナリアル・マネージメント兼ファイナンス専攻)を取得。同社退社後、99年、アドバンストアイ株式会社を設立、代表取締役に就任。両手仲介でないM&Aアドバイザリーを中小企業に提供すると共に、公益財団法人日本生産性本部のコンサルティングパートナーとして地域金融機関や大手企業のM&A担当者の研修も行っている。著書に『いざとなったら会社は売ろう!』『中小企業のM&A 交渉戦略』(ともにダイヤモンド社)がある。

岡本 はい。ときどき食事をご一緒させていただいていて……。池井戸さんが作家として大変な名をなされている方だということはもちろん知っていたんですが、僕は出版業界の事情には疎くて。

 金融機関にお勤めをされていたこともあって、事業に対してとても深い関心と知見をお持ちだった池井戸さんに、その発想力でぜひわが社にもアドバイスをいただきたいと思い、4年ほど前、恐れ知らずにも「社外取締役になっていただきたい」とお願いをしてしまいました。

池井戸 いやいや、こちらもカジュアルに「うん、いいっすよ」と引き受けてしまいました(笑)。そういうお願いは、たいていはお断りしているんですが、長いお付き合いで岡本さんのお人柄は知っていたし、手がけておられる事業のことも、よく存じていたので。

岡本 もともと僕は証券会社の営業部に勤めていたんですが、当時から、顧客である中小企業経営者の方々に対して、トータルな意味で事業に資するアドバイスが十分にできていないのではないかという問題意識を持っていました。

 その後、いくつかの部署の仕事を経験してアメリカに留学したとき、現地の大学の学生が、周辺の中小企業の方々に経営のアドバイスをしているのを見て、このモデルを日本に持ち込めないだろうか?と帰国してから提案したんです。

 残念ながら会社ではその夢は実現できなかったので、それなら自分でやるかということで今の会社を立ち上げ、中小企業の事業継承などを目的としたM&Aのコンサルティングサービスを手がけています。