正しい方向転換を妨げる
空気を生み出す「4つの要素」

 日本軍はなぜ、正しい方向転換ができなかったのでしょうか。なぜ、合理的な判断を妨げる「空気」というものが醸成されてしまったのでしょうか。

 日本軍の作戦過程で何度も出現した「空気」について理解するために、現在、経営学等でも指摘されている、集団が誤った結論に飛びついてしまう心理的要因をもとに、以下の4つの要素にまとめてみましょう。

(1)既にある多くの犠牲を取り戻したい心理(埋没費用)

 サンク・コスト(埋没費用)は経済用語の1つでもあるのですが、簡単にいえば既に投下したが、回収不能だとわかったコストを意味します。

 既に多くの犠牲を払ってしまったプロジェクトに対して、完成しても採算が取れないと(途中で)わかった場合でも、多くの人は投入した損失そのものを取り返すために、さらに損害を重ねることがあります。

 日本軍の参謀たちは、ずさんな作戦計画で多数の兵士が犠牲となった戦場に、あくまで固執して部隊を投入しています。味方兵士の多大な犠牲を払ったことで、逆に勝つまで撤退できないと強く思い込む心理は、まさにサンク・コストの罠にはまっています。

(2)未解決の問題への心理的重圧から逃げる

 問題に対して解決策を見つけられない状態は、大変ストレスが溜まります。特定の集団が、ある問題に対して苦労して解決策を導いた場合、その解決策が実施の際に適切に機能しなくても、未解決の状態に戻りたくないという心理が働くことがあります。

 当初組み上げられた「作戦計画」が上手くいかないことを認めると、未解決の状態へ逆戻りすることになります。この心理的重圧から逃げたいという欲求で、上手くいかない現実を認められない状態になるのです。

(3)愚かな判断を生む人事評価制度

 日本軍は「やる気を見せること・積極性」が組織内の人物評価として重視され、戦果や失敗責任については考慮される比率が低い集団でした。この歪んだ人事評価制度はのちに、無謀な作戦を実行し責任を取らない人物を日本軍の内部に増加させてしまい、敗北を決定的にします。

 組織内政治、ゴマすりばかりが上手な人物が出世することになれば、実務能力があり判断の優れた人物が無能な人間の指揮下に入ることになり、前線の混乱と敗北は避けられないでしょう。

 組織は内部で出世させる人物の「基準」によって、極端に無能になることもあれば、極めて優れた成果を生み出す集団にもなるのです。

(4)グループ・シンク(集団浅慮)の罠

 特定の集団内における関係性、立場などを客観的な事実より優先して物事を判断すれば、現実世界における目標達成力を失う原因になります。

 歴史の長い老舗企業、巨大組織などで過去の関係性、肩書き、人間関係などが判断において大きな比重を占めるなら、その集団は外部における現実への対応能力を大きく損なうことになるでしょう。

 ビルマ防衛の体制を崩壊させたインパール作戦では、牟田口中将が個人的な想いからインド国境への進軍をたびたび進言しますが、あまりの非合理さから日本軍内でも否定的な意見が相次ぎます。

 しかし、牟田口と人間的な関係が深かった上司、河辺方面軍司令官は私情に動かされて無謀極まる作戦を止めませんでした。

 非現実的な判断と行動の結果は、参加人員約10万のうち戦死者約3万、戦傷・後送者約2万、残存兵力約5万のうち半分以上が病人という「莫大な犠牲」で終わりました。

 以上が「空気」を生み出す4つの要素ですが、戦時中、日本人が合理的な議論を放棄して盲信してしまった事実は、大いに反省すべき点です。上層部の作戦に関わらず、大東亜戦争開始時には、戦争に反対する日本人より、戦争に肯定的だった日本人のほうが多かったこともまた事実なのです。

 現代の日本企業においても、「空気」によって合理的な判断が妨げられている企業は数多く存在しているはずです。

 敗戦という悲劇の歴史を忘れず、これからの日本と日本人は、「空気の欺瞞」を打ち破ることを肝に銘じるべきです。

◆第1回◆
なぜ、今『失敗の本質』なのか?これから読むための7つのヒント

◆第2回◆
大東亜戦争の敗因から学ぶ、現代にも通じる6つのターニングポイント

◆第3回◆
日本からジョブズが生まれない4つの理由。戦時中から変わらない日本的組織の謎

◆第5回(最終回)◆
4/24日公開予定

 


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