事例7は、「道に迷った時には沢を降りてはならない」という看板がたくさん出ているルートでそれを読みつつ、その時点では自分ごとにならず、沢に下りて進んでしまったケースです。沢に出た際、遭難者は、

“このあたりで、尾崎は「間違ったルートを来ている」ということに気づいたという。だが、引き返そうとはしなかった。ルートファインディングに自信のないササ藪に戻るよりも、テープの付いている道らしき踏み跡をたどっていった方がいいと判断したからだ。なにより、同居している母親に心配をかけたくなかった。たとえ予定のルートとは違っても、今日中に帰宅するために、下れるものなら下ってしまいたかった。このとき、自分では落ち着いて判断を下しているつもりでいた。しかし、あとから振り返ってみると、どう考えても冷静ではなかった。自覚せぬ焦りが知らず知らずのうちに冷静さを失わせていた。”

 とあります。

 その他の事例もぜひ、本を手にとって読んでいただきたいと思っています。実際の人の行動の方が、ミステリーよりも不可解で、怖いです。それくらい、いけないとわかっていても、パニックになっているわけでもないのに、どんどん判断を狭め、悪い選択をしていってしまっています。冷静に判断したつもりでも、判断要素に入れるべき危険を要素から排除してしまっているせいで、認識が狭められ、判断にバイアスがかかってしまっているのです。

 生死の差は、ただ運が良かったとしか思えないケースも多数紹介されています。山に不慣れな方達のケースではなく、慣れている方達もこの状態に陥っていきます。

 災害時も、パニックにならないよう落ち着いて行動してくださいと言われます。しかし、落ち着いているつもりで、このように判断能力が低下してしまうケースに私たちはどのように対応すればいいのでしょうか?

 このヒントが、本のあとがきにあります。これ以上は、ネタバレしないためにあとは読んでのお楽しみに!としたいところですが、箇条書きにだけしてお伝えします。

山で迷った時の鉄則
『今やるべきことは先延ばしせず今やる』

 山で迷った時、元来た道を引き返すのが鉄則です。でも引き返せないことについて、

・今までかかったコストとこれからかかるコストを比べ、今までのコストが大きい方が、これからのコストが未知にもかかわらず過小評価する。よって体力がなければその傾向が強まる。
・人に備わる楽観的思考が未来を過小評価する。
・非常時でも正常時と同じだとして扱いたい正常性バイアスが働き、リスクを回避できなくなる。
・決断を避け問題を先送りする事によりリスクが積み重なる。

 などが挙げられています。