生命体の正体は「気」である。会社にはそれぞれの「表情」があるものだが、会社としての活力、つまり気はそこにあらわれる。創造のために挑戦しつづけている会社は喜怒哀楽が豊かである一方、創造できない「死んでいる会社」は無表情なのだ。

 生命体である会社の根源は、「人」だ。会社が活性化するかどうかは人にかかっているのだから、人事を人事部にまかせていてはいけない。経営者の最大の仕事は、「人」を元気にすることなのだ。

◆「生きている会社」の条件
◇「熱」を帯びている

 生きている会社をつくるために必要なものは、じつはとてもシンプルだ。(1)「熱」(ほとばしる情熱)、(2)「理」(徹底した理詰め)、(3)「情」(社員たちの心の充足)の3つである。この3つの条件が整い、重なり合うことで会社は「生きている会社」になり、その結果「利」(利益)が生まれる。

「熱」とは情熱(passion)のことだ。困難を乗り越え、何かを創造しようと思えば、熱は必須のものである。「生きている会社」は組織全体の熱量が非常に大きいものだが、「死んでいる会社」は、熱量が乏しい。たとえ熱を帯びた人がいたとしても、熱量が乏しい組織に身を置くと、その熱を失ってしまうものだ。加えて、会社は老化とともに熱を失ってしまうものである。「何のために会社は存在するのか」「社会に対してどのような役に立ちたいのか」「自分たちは何のために働くのか」を明確にし、会社に熱を取り戻さなければならない。

◇「理」を探求している

 「理」とは、理詰め(reasonability)のことである。熱が大きくても、独善的になってしまったなら、ビジネスはうまくいかない。常に理性的、客観的な視点を保ち、事実をもとに考え抜くことが重要なのだ。

 理詰めであるためには、会社の「身体性」を高め、現場で働き回り、現実を直視し、事実をもとに考えることが必要である。すなわち現場・現物・現実を重視する「三現主義」を経営の根底に据えなければならない。しかし、きわめて多くの会社において、戦略が表面的な理屈合わせに終始し、事実が担保されていないものだ。現実と向き合い、事実に徹底的にこだわらなければ、戦略は机上の空論に陥ってしまう。

 注意しておきたいのが、「理」とは、短期的な経済合理性だけではないということだ。会社とは、社会の中で生かされる存在なのだから、より大局的な視点で理を考えなければならない。理は善、規範、大義、人の道なくしてはありえない。だから、その根底には、常に道理、倫理があるべきだといえる。

 なお、経営における「理」は、戦略レベルの「理」と実行レベルの「理」の2つがある。戦略レベルの「理」とは、「何を営むべきか」を定めるにあたっての理である。実行レベルの「理」とは、「いかに実行するか」を選択するにあたっての理である。この2つがそろっていなければ、成功することはできない。

◇「情」に充ち溢れている

「情」とは、情緒(emotion)のことである。会社はやがて老化していくものだが、その理由の1つに社員たちの感情の老化がある。社員たちの感情が老化すると、それがほかの人たちにも伝播し、やがて組織全体の感情が老化してしまう。「生きている会社」であるためには、組織の感情をマネジメントし、老化を防がなければならないのだ。