マンション管理の関連業界、例えば管理会社やゼネコン、工事会社に勤めるような人々だ。組合員として、同業者と厳しく渡り合うわけにもいかないし、管理組合に変な期待や誤解を抱かせてしまう恐れもあるので、専門知識があっても、自分の仕事が明らかにならないように、自分のマンションではおとなしくしているという方は多い。順番が回ってくれば理事会にもちゃんと出席するが、「その他大勢」であることを意識的に守っている。

 一方で、マジョリティー中のマジョリティーは、そもそもマンション管理に関心が薄く、むしろ厄介ごとのように考えている人々だ。大多数の人が、できれば理事、役員などにはなりたくない、と気持ちは完全に逃げている。

理事の順番が回ってきても
一切無視を決め込む人も少なくない

 もちろん、このような考えを持っていても、大抵の人は順番が回ってくれば理事も引き受ける。しかし結局、欠席が多かったり、1年間なるべく目立たないように「サイレント理事」で通したり、多忙な仕事にかこつけて、理事は引き受けたが、役職は無理と予防線を張ったりすることに終始して、任期を無事にやり過ごそうとする。そういう人が多数を占めれば、当然、生産的な会議にならないことは目に見えている。

 しかし、そのような人はまだいい方で、理事の順番が回ってきても一切無視を決め込む人も少なくはない。

 管理組合の中心的な活動は理事会と総会だが、何度、委任状付き開催案内を出しても、委任状を出すどころか「なしのつぶて」という人も多い。理事会活動は出席のしやすさから、休日や平日の夜に開かれることが多いのだが、彼らにとっては、組合活動は自分の自由時間を脅かす「悪」だからだ。

 しかし、管理組合活動はボランティア活動のような有志の自発的活動とは異なる。

 誰にとっても余暇が潰れるという点では「悪」かもしれないが、この面倒事を平等に負担しなければ、もっと面倒で取り返しのつかないことになりかねないので、この負担は「必要悪」であることを知ってもらわなければならない。

 理事会の議事が適正に行われているのであれば、静観しているのもいいだろう。しかし、「波風を立てたくない」「面倒なことに首を突っ込みたくない」といった理由でサイレントを決め込んでいるなら、将来、致命的な問題となる芽を見過ごしてしまうかもしれないのだ。

 端的な例は、管理会社の変更のチャンスを逃してしまう事例である。