ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。
長谷川眞理子氏(人類学者)「ダーウィンの慧眼も限界もよくわかる、出色の『種の起源』解説本。これさえ読めば、100年以上も前の古典自体を読む必要はないかも」、吉川浩満氏(『理不尽な進化』著者)「読んだふりができるだけではありません。実物に挑戦しないではいられなくなります。真面目な読者も必読の驚異の一冊」、中江有里氏(俳優)「不真面目なタイトルに油断してはいけません。『種の起源』をかみ砕いてくれる、めちゃ優秀な家庭教師みたいな本です」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

アリゲーターもサケも激しく闘い、クワガタムシは他のオスの巨大な大顎で傷を負わされる…メスをめぐるオスの闘争「性淘汰」とは? 知の巨人・ダーウィンが教える画像はイメージです Photo: Adobe Stock

オス同士の争い

 ダーウィンは性淘汰について以下のように述べている。

 それでは、私が「性淘汰」と呼ぶこの現象について、簡単に述べておこう。
 性淘汰は、生存闘争ではなく、メスをめぐるオスの闘争によって起きる。そして敗者は、自分が死ぬわけではないが、子孫を少ししか残せないか、あるいはまったく残せなくなる。
 したがって、性淘汰は、自然淘汰ほど厳しいものではない。一般的には、もっとも強いオスが、その生息地にもっとも適したオスであり、もっとも多くの子孫を残す。とはいえ、多くの場合、総合的に見て強いオスが勝者になるわけではない。オス特有の武器があるかどうかが勝敗を決するのである。角のない雄ジカや蹴爪のない雄鶏が、子孫を残せる可能性は低いのである。(中略)
 自然の階段のどれくらい下まで、この闘いの法則が成り立つのか、私には分からない。アリゲーターのオスは(中略)、メスをめぐって闘ったり唸ったりグルグル回ったりすると書かれている。
 サケのオスの闘いは一日中続くし、クワガタムシのオスはしばしば他のオスの巨大な大顎によって傷を負わされる。このような闘いがもっとも激しいのは、一夫多妻性のオス同士だろう。(中略)
 また、性淘汰により、特別な防御手段が与えられていることもある。ライオンのオスのたてがみや、イノシシのオスの肩のこぶや、サケのオスの曲がった顎などだ。闘いに勝つためには、剣や槍と同じくらい盾も重要だからだろう。
 鳥類のオス同士の争いは、たいていもっと穏やかである。このテーマを調べた人はみな、多くの種においてもっとも激しいオス同士の争いは、メスを引き付けるために囀(さえず)ることだと考えている。
 ギアナのイソヒヨドリ、あるいはフウチョウなどは、オスたちが一ヶ所に集まって、次々に派手な羽を見せつけながら、奇妙なダンスをする。メスたちは、それを周りで見物して、最後にもっとも魅力的なオスを選ぶのである。(中略)サー・R・ヘロンは、クジャクの中でまだら色をした一羽のオスが、飛び抜けてメスを引き付けたことを述べている。(中略)
 このように、どんな動物であっても、オスとメスで一般的な習性が同じであるにもかかわらず、体の形や色や飾りが異なる場合、その違いは性淘汰によるものだと私は信じている。
 つまり、武器や防御や魅力の点で他のオスより少しでも優っているオスは、それらの利点を子孫のオスに伝える。そういうことが、何世代にもわたって続いたのである。
 とはいえ、私は、性による違いをすべて性淘汰のせいにするつもりはない。なぜなら、家畜において、闘いにもメスを引き付けることにも役に立ちそうもない奇妙な特徴が、オスにだけ見られることがあるからだ。(中略)似たような例は、自然界でも見られる。
 たとえば、シチメンチョウの胸にある房毛だ。こんなものは役に立ちそうもないし、飾りにもなりそうにない。こんなものが飼育下で生じたら、奇形と呼ばれてしまうだろう。(『種の起源』87-90頁)

 もしも自然淘汰が、周囲の環境や生物に対してだけ働くのであれば、同種のオスとメスは同じような外見をしているはずだ。しかし、オスとメスで著しく異なる外見をしている種もある。

 このようなオスとメスの違いは、通常の自然淘汰とは異なるメカニズムが引き起こしているに違いないとダーウィンは考えた。

 そして、それを性淘汰と名づけたのである。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本を抜粋、編集したものです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。