がんだけでなく、様々な痛みを抱えて生きている人がいる。
その事実にもっと敏感にならなくては

──このように心身ともに辛い状況は、どれぐらい続いたのですか?

 職場復帰して2年ぐらいは不安定だったと思います。ただ、周りに「大病をしたんだからあまり仕事を振れないな、少し加減してあげないとな」と気遣われないよう、職場にいるときはできる限り元気に振る舞っていました。そうする中で、少しずつ体力が戻って、仕事の範囲も少しずつ広がって、徐々に取材にも出られるようになって…という感じでした。

 転機になったのは、2011年3月に起こった東日本大震災です。突然、日本を襲った未曾有の大災害。すぐに記者として現地に入りましたが、想像を絶する状況に言葉を失い、「辛い出来事はがんだけじゃない」と思い、がんになる前にもっと広く「辛い思いをする人が減る社会にしたい」と思い描いていた感覚を思い出しました。
そして、毎日毎日たくさんの「大切な人を失った被災者」に出会う中で、命について考えさせられると同時に、深く傷ついた人たちに自分ができることは何だろう?と考えるようになりました。

 それまでは、がんという試練をどう乗り越えるか?今の「この自分」でどう生きていくのか?という、自分自身の課題に向き合うことで精いっぱいでした。震災をきっかけに、当たり前のことではありますが「がんだけが辛い出来事なのではない」ということに気づかされたのです。

 誰しもいつ何が起こるかわからない。また、震災や病に限らず、周りから見れば普通に過ごしているように見える人でも、実は想像もできないような痛みを抱えて生きているかもしれないのだ…と思うようになりました。

鈴木美穂(すずき・みほ)
認定NPO法人マギーズ東京共同代表理事/元日本テレビ記者・キャスター
1983年、東京都生まれ。2006年慶応義塾大学法学部卒業後、2018年まで日本テレビ在籍。報道局社会部や政治部の記者、「スッキリ」「情報ライブ ミヤネ屋」ニュースコーナーのデスク兼キャスターなどを歴任。2008年、乳がんが発覚し、8か月間休職して手術、抗がん剤治療、放射線治療など、標準治療のフルコースを経験。復職後の2009年、若年性がん患者団体「STAND UP!!」を発足。2016年、東京・豊洲にがん患者や家族が無料で訪れ相談できる「マギーズ東京」をオープンし、2019年1月までに約1万4000人の患者や家族が訪問。自身のがん経験をもとに制作したドキュメンタリー番組「Cancer gift がんって、不幸ですか?」で「2017年度日本医学ジャーナリスト協会賞映像部門優秀賞」を、「マギーズ東京」で「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017チーム賞」を受賞。