若かりし頃の私は高齢の女性たちが大きなハンドバッグを持ち歩いていることや、公園の小道に沿って多すぎるほどのベンチが設置されていることを不思議に思っていた。大学生時代には、海外旅行から戻った私に母が、私の見た景色などではなく、空港まで、そして空港からホテルまで、ホテルから周辺の小さな町までどうやって行ったのかについて、余りにも詳しく尋ねるのが不思議だった。その後、私は結婚し、毎年夏には夫の両親の家で1週間ほど過ごすようになった。その折に私はなぜ夫の両親が夜になると時々、何の用事もなく、誰とも会わず、特定の目的地もなく、自分たちが暮らすバージニア州の小さな町の中をドライブするのか不思議に思った。何年もたってから、ついに私はこれまでの疑問への答えを知った。変わったのはこうした儀式的行動や公園のベンチではなく、私の受け止め方の方だった。若い時には意味不明だったことが、今では完璧に理にかなっていると思えるのだ。