TWICE
写真はソウルミュージックアワード2020でのTWICE Photo:Chung Sung-Jun/gettyimages

日本の中高生たちに「好きなアイドルは誰か」と聞けば、もしかしたら日本より韓国のアイドル名を挙げる人のほうが多いかもしれない。かつて山口百恵、ピンク・レディー、松田聖子などが登場した1970~80年代のアイドル全盛期と今は何が違うのか。K-POPアイドルはなぜ日本の若者たちを熱狂させることができるのだろうか。(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)

未完成こそが
アイドルの条件

「アイドル」とは何か?

 日本人アイドルにせよK-POPアイドルにせよ、アイドルを論じるに、まずアイドルとは何かという問題から解決する必要がある。

 英語ではidolとつづるが、英語のidolは「崇拝する対象」であって、日本語の「アイドル」とは似て非なるものだ。

 実際、そのあたりがわかっている海外ライターが、idolでなく、あえてidoruとつづることもある(例えば、SF作家のウィリアム・ギブソンが1996年に『IDORU』というタイトルの小説を出している)。

 私がアイドルに夢中になった1980年代、アイドルは多くの場合ソロ歌手でもあり、「アイドル歌手」とも呼ばれて、アイドルが同時に「歌手」になれる時代だった。

 歌手で最も大事なのは歌唱力であるはずだが、アイドル歌手には歌唱力は求められず、下手でよかった。いや、正確には、人を不快にする「悪い下手」でなく、思わず応援したくなるような「頃合いの下手」が求められていたと言ったほうが、当時の現実に近いかもしれない。

 ファンにとって、アイドルは応援すべき対象である。アイドルは未完成であり、未熟であるので、成長途中のアイドルたちをファンは応援するのである。歌が下手だからこそ、ファンは「下手だけれども、一生懸命に歌うアイドル」を応援する。

 歌がうまいアイドルもいることにはいたが、それはそれで「一生懸命に歌う姿」を応援する。だが「難しい歌も歌いこなせる」なら、アイドルではなくプロ歌手になってしまうのである。

 アイドルには「美しい」と「かわいい」が求められる。だが、「かわいい」は不可欠である一方、「美しい」は必須ではない。