AKB48という
新しいシステム

 AKB48(以下、AKB)をプロデュースした秋元康は、かつて小泉今日子(1982年以降)を「(演じるのではなく)自覚的にアイドルをやっている女の子」としてプロデュースすることにも成功している(『なんてったってアイドル』1985年)。ただし、「アイドルを演じる」が「アイドルを意識的にやっている女の子を演じる」に変わっただけで、いずれも演じている点は同じである。

 日本のアイドルマーケティングを熟知した秋元が、アイドルシステムを凝縮して作り出したのが、おニャン子クラブ(1985~87年)であり、現在も続くAKB48(2005年以降)である。

 ただし、そのあいだに、つんくがプロデュースしたモーニング娘。(1997年以降、以下「モー娘」)があることがポイントである。

 モー娘の初期は一般公募から始まる「未成熟の一生懸命」を体現したアイドルグループであった。だが、メンバーを入れ替え、バラエティー番組で欠かせないというほどに活躍しているうちに、高いエンターテインメント性をもつグループに変質していった。

 そして、『LOVEマシーン』(1999年)で絶頂期を迎えたあたりからフランスなどヨーロッパを中心に海外でも人気を博すようになるが、実力を蓄えるほどに人気が落ちていった。

 モー娘に取って代わったのがAKBである。AKBの新しさは「CDを買う枚数に応じて直接コミュニケーションができる」というゲーム性を導入したことだろう。

 日本のアイドルシステムでは、「応援してもらう」を核にしているが、それを露骨にマネー化できるようにしたわけである。初期メンバーの前田敦子(2005年以降)は「応援されることにおける天才」としてAKBのセンターに君臨した。

 以後、AKBという枠で設定される「応援されることをめぐる戦い」は、「CDの売り上げ」や「総選挙」などの形でファンを巻き込みながら広がり、やがて日本中を席巻するに至る。AKBは歌、バラエティー番組、グラビアなどに至るまでアイドル市場を寡占した。

2000年代から
K-POPが日本参入

 2000年代中ごろから、AKBが席巻した日本のアイドル市場に、K-POPアイドルグループが参入した。先行する形でハイレベルな歌とダンスをこなすBOA(2000年以降)が人気を博していたが、あくまで「アーティスト」の扱いだった。

 ただし、のちに現れる少女時代(2007~17年)やKARA(2007~16年)は「かわいい」を表現するK-POPアイドルの先駆けとして機能したと考えてよいだろう。