写真 加藤昌人 |
2004年、真夏のアテネ。五輪という最高の舞台で二度、表彰台の中央に上った。本番に弱いといわれる日本人アスリート。定説を鮮やかに裏切った。「今まで味わったことのない興奮を覚えた」。日本中が歓喜し、21歳のスイマーはヒーローとなった。
だが、若くして栄光を手にした者たちには、共通に試練が訪れる。しびれるような興奮の後にやってくる強烈な虚脱感。その陥穽からはい上がれず、舞台から去っていく者も少なくない。
五輪の翌年から2年間、やはり苦しみもがく日々を送った。泳ぎに気持ちが入らず、試合になってもテンションが上がらない。体調不良のまま出場した2005年4月の国内大会では、まさかの3位に沈む。世界王者が日本人に敗れるという屈辱。ヒジとヒザのけが、病気による入院。体も心もボロボロだった。「オレはいったい、何をやっているんだろう」。逃げ出すことも考えた。
「悩み抜き、考え抜いた。それもいい機会だった。肉体的な強さだけでは世界と戦えない。逆境を味わえた自分は恵まれている」。自然とそう思えるようになった。強い北島康介が帰ってきた。
2007年8月の世界競泳。1ヵ月前の練習中に肉離れを起こした左脚に違和感を残しながら、100メートル・200メートル・メドレーリレーで3冠を達成し、世界を驚嘆させた。
2008年夏の北京五輪。今、誰よりも勝利を確信しているのは、北島自身かもしれない。
(ジャーナリスト 田原 寛)
北島康介(Kosuke Kitajima)●プロスイマー。1982年生まれ。2003年、世界選手権競泳で平泳ぎ100メートル・200メートルの2種目を制覇。2004年のアテネ五輪でも100メートル・200メートルで優勝、日本人競泳選手初となる五輪での個人種目2冠を達成。2004年から子どもたちに水泳を教えるイベントに参加。日本コカ・コーラ所属。